自分の100%でいよう!他人の評価は気にしなくていい。

100%かどうかは、自分で決める

1.手順の説明

以下において、『ソース』の「第22章 ワクワク人生を生み出す4つの条件」の要約を行い、それについて批評します。
まず順を追って要約し、必要ならば補足します。

次に重要ポイントを1、2点絞ってピックアップし、それについて自分の視点からコメントし、批評していきます。
主張は論理的に行い、必要に応じて証拠をつけて説明し、最後に全体を要約して結論づけ、まとめていきます。

2.本章のまとめ

「生き生きと喜びにあふれた人生を送るために重要な4つの条件」
➀人生のあらゆる面において自分が持つワクワクの「全て」を見つける。
②発見したワクワクは、「一つ残らず全て」、現在の生活に生かす。
(自分のできる範囲をマイペースで。)
③自分がワクワクすることを自分自身や人のために無条件に使う。
(人に使う時には、人知れずこっそりと。自分にも人にも同時に行う。すると「人生が活性化するスピード」に拍車がかかる。社会貢献とは本当の自分で生きること。)
(社会から取り残されたような疎外感や無力感を感じていきている人は、この条件が欠けている場合が多い。)
④それらを実行しながら、バランスの取れた生活を目指す。
(熱いワクワクを支える静かなワクワクを忘れない。バランスの取れた生活、家族や楽しい人間関係、心身の健康と休養、健全な財政、社会と意義のある関わりなど。)

・最大限のリスクを冒す(=100%の自分、力を出す)覚悟(可能な限り自分の枠を広げる努力をしながら、常に学び成長すること。感情的、経験的な冒険。)が必要。。

3.疑問に思ったこと

「百パーセントの自分を出すというのは、恋愛や結婚においては、相手とのあいだに壁を作らず、素直に自分の弱さをさらけ出し、相手に自分の気持ちを表現することかもしれません。」
「仕事においては、失敗を恐れずに事業を前進させることかもしれません。」
これらの文を重要ポイントとし、ピックアップします。

それをふまえ、疑問に思うことを下記に示しました。
「本書で書かれているように、“百パーセント”の自分でいたり、気持ちを表現したり、事業を前進させたりすることは、もちろん理想だ。
しかしそれは“綺麗ごと”ではないのか。
理想を掲げることは素晴らしい。しかし“百パーセント”というとそれだけでストレスに感じてしまう人もいるのではないか。」

4.学びをどう生かすか

「百パーセント」と言う言葉は「絶対的」「完全に」「パーフェクト」と同義語とされています。
人によっては、「完璧」ととらえられています。
私もその一人です。

「百パーセント」を「完璧」ととらえる人にとっては、この言葉が重くのしかかるのです。
なぜなら私自身がそうなのですが、仮に「百パーセント」の力で事業に取り組み、人から批判されたら、それがストレスに変わってしまうからです。
しかし、それは他人からの評価を期待した場合と言えます。

著者が言う「百パーセント」は、あくまでも自分の中での「百パーセント」にとどめておくべきではないのでしょうか。
「自分の中でやり切った」「百パーセントの力を出し切った」という思いがあればそれでいいと感じます。

例えばその理由として、教師の友人がこんなことを言っていました。
彼は教育に対してプロ意識を持って取り組んでいます。

「プロは完璧に出来ないと分かっていても、できるだけ100点になるように目指していく。そうじゃない人、プロ意識のない人は、すぐに諦める。」

つまり判断するのは自分でいいのです。
完璧かどうかを決めるのは自分であり、100%の力を出しているかどうかを決めるのも自分です。

完璧主義の特徴の一つとして、他人の評価を常に気にしてしまうことが挙げられています。日経新聞の電子版「NIKKEI STYLE」の中にも「その完璧主義は誰のため?」という記事が掲載されていました。
私も教員時代、完璧主義から抜け出せなかった経験があります。
常に周りの目を気にしていて、周りからよく見られるようにと、完璧を目指していました。

もし、この「完璧」と「百パーセント」の違いをその頃に知っていたら、もっと肩の力を抜き、楽しんで学校生活を送れていたのだろうと思います。
なぜなら、自分でできる限りの「百パーセント」でいいのだから、判断基準が明確です。
他人を軸にしてしまうと、どこまでも「百パーセント」にはたどり着けずに、どんどん泥沼にはまっていってしまうからです。

そしてまた、子ども達と接する時に完璧を求めていませんか?
それぞれの子ども達、一人ひとりが自分の中で全力であればいいのです。その全力を、百パーセントを認めて褒めてあげればいいのです。
それだけで、子ども達は自信を持ち、他人と比べることなく自分というものを確立していけるのです。
教師の判断で、子どもの価値観や基準が決まってしまうこともありうるのではないでしょうか。

あなた自身はどうですか?
他人ではなく、自分の定めた基準で、考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

5.まとめ

私は自分の完璧主義には気づいていましたが、それを直そうという気持ちはありませんでした。そうすべきだと思っていたからです。原因が「他人の目を気にしていた」ことからくる百パーセントだとは思っていませんでした。

根本が違っていたのです。他人ではなく自分を基準にすること。「百パーセントの自分」を目指せばいいのです。
これを知った時、フッと肩の力が抜け、どこへ向かえばいいのかがはっきりとしてきました。今まで進んでいた方向が違っていただけなのです。
「百パーセント」をストレスに感じるかどうかは、そこの違いです。
今一度、他人と自分の位置を確認してみてはどうでしょうか。

■ 執筆者情報
meg【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送るようになる。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教え、日本の文化を伝える活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。