学校を通して見える日本の未来。

もっともっと1人ひとりが、進んで子どもと関わっていく。

1.手順の説明

以下において、「まんがで知る 未来の学び」の第一章『部活動と教育課程』の要約を行い、それについて批評します。

まず順を追って要約し、必要ならば補足します。
次に重要ポイントを1、2点絞ってピックアップし、それについて自分の視点からコメントし、批評していきます。

主張は論理的に行い、必要に応じて証拠をつけて説明し、最後に全体を要約して結論づけ、まとめていきます。

2.本節のまとめ

・竜南先生は時間を過ぎても部活動指導を続ける。教師が自分の価値観を盲信するあまり、他者を犠牲(→犠牲になっている人…子ども/時間になっても子どもがかえって来ないと心配する保護者/共に指導する教師。)にしている。

・桜山先生は時間を気にしながらも、子ども達のためだといって頑張り続けている。(現在、未経験者が運動部活を指導することは大きなストレス。)

・教育課程※よりも部活動が優先される状態は本末転倒。

3.疑問に思ったこと

「例え学校外で起こったことでも、学校の人間関係によるものであれば、学校の責任が問われる…スマホを買い与えたのは保護者なのに…。」

「あなたはいつもよその子どものことばかり…いつになったら自分の子どものことを見てくれるの?」

「だって 今の学校って…ブラックなんですよね?」

この文を重要ポイントとし、下記に疑問を示します。

「上記のようなことが、日常茶飯事として学校で起こっている。それを解決する手段はないのだろうか。」

4.学びをどう生かすか

著者がまえがきで述べている言葉があります。
新しい学習指導要領についてです。

中核となる考え方は、「よりよい学校教育を通してよりよい社会を創る」という「社会に開かれた教育課程」です。この理念に私は大いに共感しています。
(中略)
しかし、実現するためには、学校教育現場の努力だけでは困難であり、多くの人々の理解と協力が必要だと考えています。

このように、現状は、学校だけでは子ども達にとってよりよい教育を行うことが困難になっています。
家庭、地域、社会が一団となって、取り組んでいかないとどうにもならない時代になってきているのです。

実際に私が教員だった頃、地域との関わりはほとんどといっていいほどありませんでした。
むしろ、私はその地域の方が学校にくると、「また新たな仕事が増えるんじゃないか…?」と敬遠していたほど。
でも、地域の方の力は絶大です。
何か学校の役に立ちたくで、うずうずしている人がたくさんいるということをPTA会長をしていた友人に聞きました。

しかも、眠っている力が山ほどある。
それこそ、学校の花壇の管理をお願いしたり、校門でのあいさつをお願いしたりすれば喜んで引き受けてくれる人がたくさんいるそうです。

海外では地域の人、保護者が学校に関わってくるのは当たり前です。
むしろ、地域の人、保護者がいなければ学校が成り立たないのが事実。

例えば、アメリカではボランティアなしではやっていけない学校。
そのボランティアも、驚くようなものばかり。

児童生徒の登下校の見守りは当然。
ここにはパトカーも出動します。
みんなで子どもを守っていくのは当たりまえという考えだからです。

他にも、子ども達のプリントやテストの丸つけもボランティア。
行事等で行う演劇の衣装作りもボランティア。
テストの時の試験監督や、話を聞いてスペリングを書くというその話をするのもボランティア。
学校での資金が足りなくなったら、募金をするのもボランティア。
などなど…

学校ごとに違いはありますが、先生が必要とする仕事、それこそ教科を教えること以外は、ほぼ全てボランティアが行います。

ここまで…とは言いませんが、もっともっと日本も地域や保護者に頼るべきなのです。
忙しくてできない…という保護者もいます。
こちらでは、ボランティアが出来ない保護者は寄付という形でお金でその分を支払います。
なぜなら、自分達の大事な子どもを預けているのですから。

だからといって、学校の先生たちがそういった声(忙しすぎる。この事務仕事をするなら、もっと子どもと関わりたいのに。など)をあげることは困難です。
なぜなら、目の前のことだけでも精一杯な先生たち。
それ以上のことをやりなさい、やってほしいことはいいなさい、
というのは…酷なのではないでしょうか。

でも実際、地域の方や保護者の方でも、もっと学校に関わり、子どもたちの成長を助けたいと思っている方はたくさんいるのです。
でも学校側からそんな希望がや要望がないから、下手に動くことができないのが現実。

そういった相互の譲り合いのようなものがあって、現状がより悪化しているといえます。
これは学校だけの問題ではありません。

例えば、本文中の例のような「スマホでいじめられているんじゃないか」という問題。
それはもし保護者が地域の中で、お互いのつながりがあれば、様々なネットワークを使って自分たちで解決することは可能なのです。

つまり、学校だけでなく、地域も、保護者も、みんな断絶し、行き場を失っている状態が今の状態と言えます。

皆が繋がれるようになるにはどうすればいいのか。
それは、問題が起きた時だけ関わるのではなく、常日頃からコミュニケーションをお互いにとっておく。
そういったことも各家庭や地域でも必要なことなのです。

本来、日本人は当たり前にしていたこと。
今ではご近所さんともあいさつしたことがないというような事態を、それぞれの立場の人が危機感を持ち、関わっていくことが大切なのではないでしょうか。

また、本来は「スマホ」の問題は、家庭できちんと話をしていくべき問題。
「躾」の問題なのではないでしょうか。
いくら関わりのある子が学校の友人関係だとはいえ、それを学校に相談しに来る前に、親として責任をもって子どもと対話し、子ども同士で解決できるような声かけやコミュニケーションを積極的に取っていく。

それこそが、今からの時代、特に必要なことだと思います。
自分の子どものことを、学校に任せきりにするのではなく、その子の親として精一杯関わっていく。
その意識は取り戻すべきです。
なぜなら、その子の親は先生ではなく、校長ではなく、父と母なのですから。

今は学校の中に問題が集まってきています。
しかし、子どもが大きくなればどうでしょう。
自分達で解決すべきことを学校に頼って生きてきた保護者は、自分達のコミュニケーションは置いておき、常にどこかに頼り、常に誰かのせいにしていきることになるのではないでしょうか。

この学校で起こっている現状を、より多くの人が知ることで、何か考えるきっかけになり、
また何か行動するきっかけになることができたら、現状は必ず良い方へ向かいます。

まずは教師だけでなく、地域、保護者の人が一人ひとり当事者意識を持ち、生きていく。
そういったことが必要なのです。

学校を「ブラックだ」といって敬遠する前に、積極的に人と関わってみませんか。

5.まとめ

学校での問題は、どんどん年を追うごとに悪化しています。
その理由は決して学校だけの問題ではありません。
日本全体の問題が、学校という場で縮小されて現れているのだと思います。
つまり学校の現状が今の日本の縮図。

もっともっと自分事として危機感を持つべきだと思います。
なぜなら、子どもたちは将来の日本を担う人間。

日本から脱出しない限り、そのコミュニティーの中で生きていくのです。
そういったとき、自分は子どもがいないから。自分は学校なんて頼りにしないから。
ということではなく、積極的に地域と関わっていく。
むしろつながりを持っていく。
そういった一人ひとりの行動が、のちの日本を支えていくのです。

今、日本は危機的状況です。
外から見ると、よりそう思うのです。
それを打破するのは、紛れもなく国民一人ひとりの意識なのです。

【参照】
※教育課程→
各学校が行わなくてはならない学習内容とその計画。

『第七十二条』
中学校の教育課程は、国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭及び外国語活動の各教科(以下本章及び第七章中『各教科』という。)、道徳、総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする。

■ 執筆者情報
森田 恵 【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送るようになる。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教え、日本の文化を伝える活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。