偉業を成し遂げた人びとは「職人」だ!!

天才とは、努力が継続できる「職人」である。

1.手順の説明

以下において、「GRIT~やり抜く力」の「自分が“ラク”だから人を神格化する」の要約を行い、それについて批評します。
まず順を追って要約し、必要ならば補足します。

次に重要ポイントを1、2点絞ってピックアップし、それについて自分の視点からコメントし、批評していきます。
主張は論理的に行い、必要に応じて証拠をつけて説明し、最後に全体を要約して結論づけ、まとめていきます。

2.本節のまとめ

・ニーチェ※も、「日頃から地道な厳しい練習を積み重ねている選手でさえ圧倒され、『天賦の才』のなせる業と思ってしまう。」という問題について、突き詰めて考えぬいていた。
また、偉業を成し遂げた人びとを、「職人」と考えるべきだという。

・マーク・スピッツ※がアマチュアからトップに上りつめるまでの道のりを、プールサイドでじっくりと見守りたい、などと思う人はいない。

・私たちは完璧な王者に憧れ、当たり前よりも、驚異的なものが好き。

・『天賦の才を持つ人』を神格化してしまった方がラク。なぜなら現状に甘んじていられるから。

3.疑問に思ったこと

「教師生活の初めのころを振り返ってみると、まさにそうだった。『才能』のある生徒しかより成績を取れないと思い込み、そのように指導したせいで、生徒たちも、私も『努力』の大切さを深く考えることがなかった。」

この文を重要ポイントとし、下記に疑問を示します。

「このように子どもたちを無意識に見ている人は多いのではないだろうか。」

4.学びをどう生かすか

著者のように、「才能」につい目を向けてしまう人が多いのが現状だと思います。
これは私が初任の頃にも、よく聞いていた話でした。
「〇さんは才能がある。」と。

引継ぎ等でも、成績等が事前に知らされるため、先入観をもってしまうのは人として仕方のない事なのかもしれません。

しかし、本文中に示されている「ニーチェ」のように、「偉業を成し遂げた人びとを『職人』と考えるべき」だという主張は、頭に入れておいた方がよい思います。

特に子ども達と関わる教師や保護者であればなおさらです。

漫画『タッチ』の中でも、天才と呼ばれていた上杉和也の真似をして、日々こなしていたメニューを試した青年が、一日も達成できることなく、その凄さを目の当たりにし、諦めたシーンがありました。
まさに天才と言われている人は、到底やり続けることが困難なことでもやり抜く力があると言えます。
そして、彼らは天才という世間の言葉の裏で、職人のようにコツコツと努力が出来る人であるのです。

私が学校で担任していた時に、天才だと言われ、とても勉強のできる子がいました。
そんな彼女の成績は、とても優秀でした。
しかし、彼女は家に帰って塾に毎日のように通い、睡眠時間も削り、到底真似のできないような生活を小学生にして送っていたのです。

でも周りは大人も含め、「天才」の一言で片づけられてしまう。
頭が元からよかったんだ、と。
でもそれはあまりにも可哀相なことなことです。

大人としてできること。
それは才能があると言われている人、偉業を成し遂げた人たちの裏側、努力の部分をちゃんと見せてあげることです。
表面しかみてこなければ、見ているほうは“諦める力”しか身につきません。

そしてその「職人」と呼ばれるほどの努力も、はじめからそんな努力が出来たわけではなく、少しずつ、出来ることから小さなステップを踏んで、今のその状態が出来上がっているのだということを伝えていくべきです。

オリンピックが開かれる年、多くの人が「天才」と呼ばれる人を目にすると思います。
そんな時、その「天才」達の裏の物語を調べて伝えたり、どれだけの努力のもとにそんな力が出せているのかまで目を向けると、
より親近感が湧いたり、自分の生活と密着していくのではないでしょうか。

5.まとめ

ニーチェの偉業を成し遂げた人びとを「職人」と考えるべき、という言葉は、私に衝撃を与えました。
まさにその通りだと思います。

天才は努力出来る人。
天才は継続できる人。
そんな風に聞いたことがあっても、やはり実際に素晴らしいパフォーマンスを目の当たりにしたら「天才」だと思わされてしまいます。

そんな「天才」を見たら、その努力にまで目を向けることを意識するだけでも、今までと受け取り方が違ってくるのではないでしょうか。

【参照】

※マーク・スピッツ
1972年 ミュンヘンオリンピックで、競泳7種目で金メダルを獲得した選手。
北京オリンピックでマイケル・フェルプスに記録を抜かれるまでは、金メダルの生涯獲得数で世界最多タイ記録の保持者だった人物。

※ニーチェ
19世紀ドイツの哲学者。
上記に関係のある言葉の抜粋。

1.
「あまりに完璧なものを見たとき、我々は『どうしたらあんなふうになれるのか』とは考えない。」その代わりに、「魔法によって目の前で奇跡が起こったのごとく熱狂してしまう」。

2.
「芸術家の素晴らしい作品を見ても、それがどれほどの努力と鍛錬に裏打ちされているかを見抜ける人はいない。そのほうがむしろ好都合と言っていい。気の遠くなるような努力のたまものだと知ったら、感動が薄れるかもしれないから」

3.
「我々の虚栄心や利己心によって、天才崇拝にはますます拍車がかかる。天才というのは神がかった存在だと思えば、それにくらべて引け目を感じる必要がないからだ。『あの人は超人的だ』というのは、『張り合ってもしかたない』といういみなのだ」

4.
偉業を達成する人びとは「1つのことをひたすら考え続け、ありとあらゆるものを活用し、自分の内面に観察の目を向けるだけでなく、ほかの人びとの精神生活も熱心に観察し、いたるところに見習うべき人物を見つけては奮起し、あくなき探求心をもってありとあらゆる手段をりようする」

5.
「天分だの、天賦の才だのと言って片付けないでほしい!才能に恵まれていない人びとも、偉大な達人になるのだから。達人たちは努力によって偉業を成し遂げ、(世間の言う)“天才”になったのだ。…彼らはみな、腕のたつ熟練工のごとき真剣さで、まずは1つひとつの部品を制かっくに組み立てる技術を身につける。そのうえでようやく思い切って、最後には壮大なものを創りあげる。それ以前の段階にじっくりと時間をかけるのは、輝かしい完成の瞬間よりも、むしろ細部をおろそかにせず丁寧な仕事をすることに喜びを覚えるからだ」

■ 執筆者情報
森田 恵 【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送るようになる。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教え、日本の文化を伝える活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。