結局は教師のあり方が現状を決める。

学校の現状。それを変えるのは、教師しかいない。

1.手順の説明

以下において、「カラフルな学校づくり~ESDと校長マインド」の「第1章 校長って何をする人ですか?~校長としてのスタンス」の要約を行い、それについて批評します。
まず順を追って要約し、必要ならば補足します。

次に重要ポイントを1、2点絞ってピックアップし、それについて自分の視点からコメントし、批評していきます。
主張は論理的に行い、必要に応じて証拠をつけて説明し、最後に全体を要約して結論づけ、まとめていきます。

2.本節のまとめ

校長としてのスタンス
・自分の考えを押し付けないようにしている。
・校長が充実した日々を送り、機嫌よくしていることは、学校経営上重要なこと。それは学校をよくする一歩。
・強いリーダーシップを求められる校長だが、弱いリーダーでも、強いフォロワー(周りの人)によって、強いチームはできる。学校でいうと、教職員が主体的に学校経営に関わり、元気で楽しく、働きがいのある学校にできるということ。

3.疑問に思ったこと

「やり方はどうあれ、私の機嫌が悪いとおそらく学校全体の雰囲気が悪くなります。私が機嫌よくしていることは、校長としての基本的なスタンスなのだと思うのです。」

これらの文を重要ポイントとして、下記に疑問を示します。

「校長先生の機嫌次第…というのは教員からしたらその通り!と言える。ではいち教員が学校全体の雰囲気を変えるためにできることはないのだろうか。」

4.学びをどう生かすか

学校の雰囲気は著者のいうように、校長先生で決まると言っても過言ではありません。
実際に私が勤務していた学校でも、私を含め、多くの教員がそういったことを感じていました。

ならば簡単な話、校長先生のあり方が変われば、どんな学校も雰囲気が良くなって、子どもたちがより学びやすい環境になるのではないか?
その通りだと思います。
校長先生の顔色ばかり窺っている教職員たちが指導したら、当然、子ども達にも伝染していきます。

次第に雰囲気が悪くなっていきます。

でも言うのは簡単。
それができる校長先生が巷にあふれていたら、きっと著者もこのような書籍を出すことはしていないでしょう。

人間であり、長年教員をしてきた校長先生。
「しっかりまとめなければ!」
「リーダーシップを発揮せねば!」

と思うのは、当然考えられることです。
今までリーターシップについて学んできた人だったり、社会と交流のある人だったりすると、また違うのかもしれません。
しかし、多くの校長先生になられる方々は、ずっと学校という場で教壇に立っていた方がほとんど。

ではどうすればいいのでしょうか。

西日本新聞に著者の学校とは全く正反対の、でも現代の問題を浮き彫りにしている記事がありました。

記事は高校生について書かれていますが、こんな現実がまだあるのかと驚きます。
記事の中で元校長先生が話されている言葉を抜粋します。

「部活動が強い、英語や情報通信技術教育に熱心といった学校の取り組みも、信頼される生徒のためにもなる。」
(校則、学校で温度差 「同調圧力はすさまじい」の声も 模索続く現場)
(2019.4.22)

さらにはこんなことも書かれています。

「校内暴力の深刻化にともない、1970年代に始まったとされる校則の厳格化。(中略)近年は既定の細分化が指摘されるなど再加速しているようにも見える。」

「校則を緩めようとは誰も言えない。同調圧力はすさまじい。」

「教師たちは目立つ生徒をあえて挑発、先に手を挙げさせて複数で取り押さえるような抑圧的な指導を繰り返していた。」

上記のような記事を読むと、「これは体罰ではないのか?」と疑いたくなります。
校則という名の体罰。

きっと先生たちも、日々苦労し、指導に悩み、このような状況になってしまったのだろうという想像はつきます。
しかし、その状況におかれた生徒はどうなるのでしょうか。
きっとそこまで考えが及ばず、目先のことで精いっぱいなのだと思います。

もし、これがまだまだ現状としてあるのなら、一刻も早くどうにかしていかねばならないことだと言えるのではないでしょうか。

しかもその理由として、「子どもたちのため」「将来困らないように」「就職のため」というならば、それは教師のエゴなのではないかと思うのです。

教師はよく社会にでたら使い物にならないと言われます。
それは世間と学校が分断されているから。

でも時代は大きく変化してきています。
時代の変化についてこれない教師では、この先、どんどん取り残され、その指導を受けた子ども達がこの先、世界と対等に歩んでいけるとは到底思えません。

まずは教師としてのあり方を考える。
みたくない事実も、ちゃんと見る。
その勇気が、必要な教員がまだまだいるのではないでしょうか。

もちろん、私もひどい教員であったのです。
だからこそ、苦しむ先生たちや子ども達を増やしたくないと思うのです。

子どもも変化しています。
その変化に教師も順応し、環境を整えていく。
それは校則という規則で子ども達を縛り付けるのではなく、教師の威厳というところで押さえつけるのではなく、まずは自分のありかたを見直すところからなのではないでしょうか。

それにはまず、校長先生という立場の方の努力も必要かもしれません。
でも結局は、教師1人ひとりがどううやって子ども達と接していきたいのか。

そこだと思います。
そんな未来を逆算し、そのために今できること、することを書きだしていく。
そんな悠長なことを言ってられないと言われるかもしれません。

でも、そうすることでしか、現状は変わらないのではないでしょうか。

1人ひとりの教師が、「これはおかしい」と思ったら声をあげていく。
校長先生と話し合いの時間を持つ。
信頼できる同僚を見つけ、目の前の問題点を解決していく。

今の学校は、1人ひとりの先生が作っています。
誰が悪いわけでもなく、誰のせいでもありません。
でも…日本中の子ども達全てが、幸せで楽しく学校に通っているのか?と言われると疑問が残ります。

課題は山積み。
でもその課題を解決できるのは、子ども達を目の前にした先生たちしかいないのです。

5.まとめ

まだまだ様々な問題を抱えた学校が日本中にあふれています。
その中で奮闘している先生たち。

そのリーダーが校長先生であることは間違いありません。
そ先生たちがよりのびのびと教育することができるような環境が作れたら…少しずつ、学校という場が変わっていくことは間違いありません。

結局は、一人ひとりのあり方のなのです。
そうはいっても難しい。
何から手を付けていいのか。。。
まずは、自分がどんな指導をしたいのか、どうやって子どもと関わっていきたいのかを明確にしていくことが先決なのではないでしょうか。

そんな夢みたいなこと言ってられない…と言われそうですが、では今のままの状態を続けていきますか?それで子ども達が、自身が皆、幸せだと言えるのでしょうか?

■ 執筆者情報
森田 恵 【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送るようになる。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教え、日本の文化を伝える活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。