学校は対話力を身につける場所。

学校での役割を、先生が1人ひとり考えてみる。

1.手順の説明

以下において、「まんがで知る未来の学び」の第2章「学習指導要領」の要約を行い、それについて批評します。

まず順を追って要約し、必要ならば補足します。
次に重要ポイントを1、2点絞ってピックアップし、それについて自分の視点からコメントし、批評していきます。

主張は論理的に行い、必要に応じて証拠をつけて説明し、最後に全体を要約して結論づけ、まとめていきます。

2.本節のまとめ

・学習指導要領とは。
→文部科学省が全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするための基準。
→中央教育審議会が作成。
→これをふまえ、各学校では地域や学校の実態に応じて教育課程を編成。
→これにより、教科書会社は、教科書を作成。

・学習指導要領を教師は熟読する必要があるが、実際は温度差があるのが現状。

・「アクティブラーニング」→「主体的・対話的で深い学び」に現在は変更。(教育の方法)

3.疑問に思ったこと

「もういいっしょ?どーせオレ絵は下手だし。」
「どうしたらコンクールに入賞できますか?」「ぼくにとって表現なんて興味ないから。」
これらの文を重要ポイントとし、下記に疑問を示します。

「こういった子供たちは多い。以前と比べ、増えているのが現状なのだろうか。また、対応している教師の方は変わっていないのだろうか。」

4.学びをどう生かすか

私が教師時代に比べ、より学校の状況が悪化していると聞きます。
子ども達の現状が、退職間近の先生に聞くと「だいぶ違う」といいます。
上記のように(著者が書かれているように)、やる気といった部分がなくなっているといいます。

しかし、ある元同僚に聞くと、「子どももそうだが、教師も変わってきている。」という返答がありました。
これは、教師のやる気もなくなっているとのこと。

これはいったいどういうことなのでしょうか。
元同僚や教員の友人の話を聞くと、「団塊の世代が一気に退職し、どんどんと若い人が入ってきている。」
「その人たちとの考えや在り方が今までの教員とはズレがある」といいます。

そのズレとは、一体なんでしょうか。

ある教師は、そのズレは学校教育にあるといいます。
ゆとり世代の子たちは、考え方が違う…と。
でも果たしてそうなのでしょうか?
ゆとり世代だからと決めつけてしまうのは、あまりにも簡単過ぎるのではないでしょうか。

やる気のない教師…といっても、わざわざ「なり手」が減っている教師を選んで教育界に飛び込んできているのです。
それだけの覚悟を持っているといっていい。
でも実際は現実とのギャップ、つまり「思っていたのと違う」という衝撃を受け、次第にしかも急速にやる気が失われていくという現実があるのです。

「忙しすぎて、子ども達のことを考える余裕もない。」
「何のために教師になったのか。。。」

若手でなくても、ベテランでもそんな考えになる人は少なくないようです。
それでは、今、どんな力をつけることが最優先されるのでしょうか。
あまりにもやることが多く、あれもこれもと手を付けていくのは困難です。
時間もありません。

そんな時、下記のような記事を見つけました。
「トップ1割の教師が知っている『できるクラス』の育て方」(学陽書房)の著者であり、公立小学校教師 山田将由氏の取材記事が日経DUALに掲載されていました。

この記事の中では『コーチング』について触れられています。
コーチングとは、山田氏いわく、『望ましい方向へ相手の自発性を引き出すコミュニケーションツール』とのこと。

例えば、『双方向性』の重要性です。
教えるという行為は、学校現場では今は一方通行で行われていることが多いのが現状です。
これをコーチングを使って、子ども達に聞いたり、質問したりすることで双方向になるといいます。

つまり、今までの教師が一方的に教える指導から、少しずつ子どもの実態に合わせてやり方や考え方を変えていく必要があるといえます。

ということは、教師に必要な力とはコミュニケーション力と言えるのではないでしょうか。
子ども達の声を聞き、それを活かしながら授業を進めていく。
今までもそういった授業形式で進めてきてていると思いますが、さらにより双方向の授業形態にシフトする必要があります。
もっと子ども達の関係を深めていく必要があるのです。

上記の例を挙げると、やる気のない生徒、受験のことや内申点のことばかりを気にする生徒にとって、目の前の授業は恐らく面白くない、意味がないと思っています。
でも教師は授業をしないわけにはいきません。

そもそも、本来の学校の意味を、教師が改めて考え直していく必要があります。
つまりそうなった時、子どもが変わるのではなく、教師が変わらねばならないのです。

学習指導要領の「主体的・対話的な深い学び」とあるように、教師自身も学びを深め、主体的で対話的な授業を進めていく必要があります。
これを続けることで、子ども達が教師と、お互いに子ども達と対話を続けることで、それが近い将来、絶対に必要不可欠な能力になることは言うまでもありません。

今の時代、特に対話が足りません。
お互いの意思疎通ができていない状況なのです。
それは学校内だけに限らず、社会全体、家庭内においてもそういった状況です。
教師自身も、対話力が足りない人が多いのが現状のようです。

もちろん家庭でもですが、学校でも補っていく。
それを教師が粘り強く行うことで、子ども達は将来に必要なコミュニケーションの能力と、足りなくなってきている対話力が補えるのです。

本来の学校の役割。
それを再度見直す時期に来ているのだと思います。
なぜなら、学校とは多くの様々な人が集まる場所。
コミュニケーションを学ぶ大事な場所。

粘り強さが大人の方に必要です。
対話ということが大切だと分かっていても、実際はとても難しい。
私自身もどう取り組んでいいのか…と疑問に思い、結局は何もできずに終わってしまう。という状況でした。

だからこそ、自ら同僚と対話を進める必要があったのです。
技術ももちろん大事ですが、まずは恐れずに対話をしていこうという姿勢を作ること。
まずはそこからなのではないでしょうか。

5.まとめ

対話力。
私自身もまだまだ苦手なところです。
しかし、これからの社会で生きていくには必須の条件です。

特に子ども達は私たち大人以上に長生きをします。
このさらにグローバル化していく社会で働き、自分の役目を持ち、生きていきます。
その際に、対話力はなくてはならないものです。

それを受験だけの塾に任せていては、子ども達の将来は明るいとは言えません。
学校の役割は何か?

それを再度、教師一人ひとりが考え、そして実践していくことでしか、子ども達の未来に希望をもたらすのは難しいのではないのでしょうか。

■ 執筆者情報
森田 恵 【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送るようになる。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教え、日本の文化を伝える活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。