学校を面白くする鍵は『地域』にある!~前田康裕先生へのインタビュー 最終弾~

社会はどうあるべきなのか?

 <Profile>

熊本大学教職大学院 准教授
前田 康裕 氏

1962年、熊本生まれ。熊本大学教育学部美術科卒業。岐阜大学教育学部大学院教育学研究科修了。
公立小中学校教諭、熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市向山小学校教頭を経て、2017年より熊本大学教職大学院准教授。『まんがで知る 教師の学び』(さくら社)他著書多数。

 トラブルを起こさないようにするのが、果たして正しいのか?

前田先生

本の中に、スマートホンの話が少し出て来るじゃないですか。
スマートホンは、多くの学校では校内で全く使わないし認めてもいないですよ。
でもスマートホンによるいじめって山ほどでてくるんですよね。
トラブルが絶えないのが現状です。

学校で買ったわけでなくて家庭で買い与えて、家庭の中で事件が起きています。
でも友人関係は学校だから、結局「学校で指導してください。」となるんですよね。
結局、そこでまた『学校で教えないといけないこと』が増えてしまう。

前田先生
それにスマートホンの問題は、実態がつかみにくいんです。

何が話題になっているのかも分からないし、どういうことが問題なのかもよくわからない。
でも学校の責任になってくるっていう、非常に苦しい状況があるんです。
そこもちらっと載せてますね。

一方ではこういう場面があるんです。
学校でタブレット端末を持って地域で写真を撮らせる。
竜南先生が「変な写真を撮ってアップするんじゃないか?」と心配します。
そうなると、「ならば、そういうことは出来るだけしないようにしよう。」という流れになっていく。
そういった決まりを作れば作るほど、子ども達はまた現実的な問題から遠ざかっていきますよね。

前田先生
そういうジレンマが学校にはたくさんあります。

だからこそ、「そういったことを考えてほしい。」というのがあるんですよ。
学校の先生たちが規則を作って写真を撮らせないようにしようとすれば、確かにトラブルは起きないんです。
でも、それでは何の解決にもなってないんです。

それが難しいところですよね。
そういった様々な問題をちょこちょこ出しつつ、ストーリーは進んでいきます。
「これってどういうことなのかな?」って考えてくれると、私としては面白いですね。

後藤
とてもリアルですよね。
前田先生
こういうシーンがあるんですね。
実際に、こんな風に言う人がいっぱいいるんです。

後藤
いますいます。
前田先生
「学校の問題になるからやめよう。」って。

これって、現実的にたくさんあるんですよね。
それを是とするか非とするか、賛否両論あります。
本の中では、校長先生はさばけた人なので、「私が責任とるからやってごらん」というんです。

こういう校長じゃない場合は、「そうだよね、生徒に持たせるとやばいからやめておこう。」となります。
そうすると結局は、子どもの可能性を摘んでしまうことになる。
でも安全性は高まりますよね。

 社会と学校が繋がると、必ず問題が発生する

前田先生
だから常に学校と社会が繋がろうとすると、必ずそういう問題が出てくるんです。

「そこをどう乗り切っていくか?」ということを、学校に責任を任せるのではなく、「社会全体で子どもをどう育てていくか?」と考えていかないとけないんだと思います。

後藤
携帯電話に関してはこの前、同じようなことがあったんです。
うちの息子のサッカー部は、よくあちこち遠征に行くんです。
自転車で集まって、「6時に駅に集合ね。」みたいな感じで、みんなでそこにいきます。
それでサッカーの場合、雨で急に中止になっちゃったり、子どもが寝坊しちゃったりってことが結構あるんですね。
後藤
それで、学校の先生が立ち会う時と立ち会わない時があるんです。

要は先生自体は自分の家からの方が会場には近いから、直接、そこに行く場合もあるんです。

でも携帯電話を持たせてないので、もし寝坊した時等、遅れるっていう連絡が出来ないんですね。
「それどうするんですか?」っていうのがこの前保護者会であがったんです。
それで僕らは「携帯を持たせてもいいようにしてくれませんか?」っていうように言うんだけど、顧問の先生は「いやそれは… 」ってなるんですね。

「以前携帯電話を持たせたときにトラブルがあって、校長先生がダメだ。」というんです、という話なんです。
だったら「僕らで校長に話しますよ。」って言うんですけど、「それだけは…。」って顧問の先生が言うんですね。

前田先生
なんでしょうね。
後藤
「保護者からサッカー部に関しては、持たせてもいいって打診しますよ。」って僕らが言っているんです。
別に顧問の先生がどうって話じゃなくて、顧問の先生も楽になるはずなのに。
前田先生
おっしゃる通りですね。
後藤
子ども達は、スマートホンを持ってない子がいないんです。全員持ってるんですよ。
だったら「それを持たせないということの方が違和感ないですか?」って言ったんですけど、やっぱり駄目でしたね。

 社会全体で子どもを育てる

前田先生
そういうことなんですよね。
社会全体で育てていこうっていうのは。
ある意味、学校が全部責任を負い過ぎなんですよ。
「保護者がやる。」って言ってるなら保護者に任せたらいいのにって思います。
後藤
そうなんですよ。

何キロか先の学校で練習試合があった時に、子どもたちが自転車で移動していたんですね。
子供が5人くらいのグループで移動してて、1人の子が車にひかれたんです。

そうすると、みんな携帯を持っていないので連絡の仕様がないんですよ。
たまたま近くにコンビニがあって、救急車を呼んでもらって、その場は事なきを得たんだけど、「よっぽどその方が問題でしょう?」ってなったんです。

後藤
「今どき、持たせない方が問題だよね。」って親はみな、思うわけです。
塾に行かせるってなると、絶対に親はみんな持たせますよね。
でも部活になると、「学校は責任を負えませんから。」という話になる。
それは「責任問題の話ではなくて、逆にない事の方が問題な時ってあるじゃないですか?」という話をしても、「いや、校長先生が…」って、「市が…」って話になってくるんですね。
「なんかうまくいかないんだな。」って思うことがありますよね。
前田先生
それこそ保護者と学校の先生が一緒になって、携帯のルールをみんなで話し合うっていうことがすごく大事なんだと思いますよね。
学校が全部決めちゃうもんだから、ある意味学校は負いすぎるんですよね。
後藤
本当にそうですよね。
前田先生
だからそういうことをひっくるめて、僕が考えているのは、学校の子ども達ももちろん社会のことを考えるんだけど、学校の中にどんどん地域の人が入ってこれるような学校にしたいなと思うんです。
大阪の事件ありましたよね、池田小学校の事件です。

あれ以来ちょっとね、学校は入りづらい所になっているのは事実なんですよね。
簡単には入りにくいし、もし入ってきて何かあったらどうするのかということもある。

そして現状として子ども達がどんどん減っていて、空き教室もどんどん増えている状況が出てきている中で、
『新しい学校のあり方』を考えていかなくちゃいけなくなってきているんですね。

前田先生
僕の構想としては、学校の中に大人がどんどんと入ってきて、大人が学び合ったりとか、大人が新しいことを考えたりしたりとか。

そういうことが子どもにいい影響を与えたりする。
そういうところになればいいなって思っているんです。

そのためにはPTAやまちづくりの協議会など、学校ではなくて、地域の方に何かしらのコーディネーターはいると思うんです。
そしてそこから学ぶことも多いんじゃないかな、と。

前田先生
例えば、「まちづくりのアイデア」や「商店街の活性化」などを学校の中で子ども達が真剣に話し合っていたら、そこに地域の人が参加するとか、ですね。

そうすると「今、地域で何が起こっているのか?」ということを子どもたちはリアルで分かっていくんです。
そういったことを子どもが本当に考えられるっていいなって思っています。

特に新しい産業や新しいアイデアといったものは、たぶん子どもの方が大人が考えつかないような、柔軟な発想をしますよね。

後藤
その通りです。
前田先生
今回、子どもが一緒にポスターを作っている場面で、ポスターを作る中でいろんなことに気づいていくんです。


第2巻で完成したポスターを子ども達が広げることによって、また町が変わっていくんですね。
子供のアイデアをもっと広げた方がいいと思っていて。

前田先生
「ここに行ってみたい。」とか、「これ買ってみたい。」とか思わせるのがポスターの役割で、リアルなポスターにしていって、町をPRしていくことができれば、
子どもたちが「自分たちの社会に参画できた」「自分達にもそういう力があるんだ」ってことが分かるんです。

そうすれば、また社会との関わり方が違ってくると思うんですよ。
そういう本なんです。

後藤
多世代のつなぎなおしですね。
前田先生
そうですね。だから学習指導要領が入ってくるのは、その理念的な裏づけとしてあるんです。
変化の激しい社会の中で、どういう風に子ども達が自分たちの力を伸ばしていくのか。
そして『自分の幸せ』はもちろんなんだけど、『社会全体の幸せ』も考えていく。
それは1人では絶対にできないものですから。
前田先生
みんなでつながっていきながら、みんなのアイデアや知恵や経験といったものをつないでいく。
そして新しいものを創っていく。
そういった力を育てていく。
というのが新しい学習指導要領の理念なんです。
「それを具体的に捉えるとこういうことだよね。」というのがこの話なんですよね。
後藤
これは学校の中だけの話じゃなくなりますね。
前田先生
そうですね。

だから社会もそういう風にならざるを得ないと思うんですね。
要するに、いろんな要素があります。

会社の中だったら、協働する場面っていっぱいあると思うんです。
でも、もう会社を退職して「この先、どういう第二の人生を送りますか?」となった時に、たぶん1人じゃ生きていけないんですね。

前田先生
地域に帰ってきた時に、また、どういう第二の人生を送るのかを考えた時に、「企業を立ち上げる」のか、「地域社会に貢献することをする」のか、あるいは「サークル的なことをコツコツやっていく」のか。

いずれにしても、何らかの形で人と関わらざるをえなくなる。

「何かを立ち上げる」にしても、「地域に奉仕する」にしても、問題を発見して解決していく作業はそこに必要になってくる。
そうするとやはり協働的に考えていく力が必要になる。
そう考えると自分の意見を言ったり、相手の意見を聞いたりしながら上手く協働的に回していく。

前田先生
そういった、学力とはちょっと違う資質・能力の部分がやっぱりいると思うし、そういう社会になっていくと思います。

たぶん、地域もどんどん人口が減っていく中で、人口を増やすというのは現実的に無理だと思うんです。

それなら人口を増やすよりも、できることをしていく。
例えば、ある目的をもとに人が一時的に集まって、そこで文化的なことをしたり、あるいは問題発見解決的なことをしたり。
楽しみの中に、集まっていったり。

前田先生
そういう活動が地域の中にいろんな形で生まれていって、そこに人がプロジェクト的に集まっていく。
そういった形が理想なんじゃないかな。

それでそこに地域独特の文化とか、伝統工芸とか、芸術作品とか、音楽とか何でもいいんですけど、そういうものが生まれてきた方が、面白いんじゃないかと思うんですよね。

 大人も学校で学び合える、『生涯学習社会』の実現へ。

後藤
ただ1個問題があって。
リタイアした方々が自分の高い能力に気づいてない場合が多いんですよね。
前田先生
なるほどね。
後藤
日本人特有なのかもしれないんですけど、「私これ出来ます。」というアピールはしてくれない。

そういった方々と仲良くなっていく過程で、「この人はこういう仕事をしていたから、こういうことが得意なんだな。」っていうのを分かる人間が、ファシリテーターにならないといけない。
そこがうまくいかないんですよね。

前田先生
後藤さんのおっしゃる通りです。
後藤
「こういうのやりたいんですよね。」ってざっくり出したとしても、「私、これできます。」って手を挙げてくれるというのは、ほぼ皆無だと思うんですよ。
前田先生
私はそこにすごく賛同しますね。
本の中で、音無書店の人が「隣が空き店舗になってるから、人を集めてカフェを作りたい。」という話をするんです。

そこで「ICTって教えてくれない?」ってシーンがありますよね。
ところが、集まったのが3人のおばあちゃんだけ。
ICTの話をするんだけど、彼女たちは「いや、私たちは全然無理です。」というシーンがあって。

前田先生
「もっと年寄り向けのでいいよ。」っていうんです。

こういう日本人って結構多いと思うんです。
最初からあきらめてるという人が。

でも彼女たちは、森炎(しんえん)君が一生懸命に自分のことを語ることで、「やりたい。」って少し変わっていくんですよね。

実はこの3人が重要で、第2巻では結構、活躍するんですよ。
要するにお年寄りであっても、立場とか、あるいは目的が変わってくると、違う能力を発揮できるんじゃないかと思っているんです。

前田先生
例えば粒屋木(つぶやき)さんという人がいて、その人はTwitterをやるんですけど、あまり人の悪口を書かないんですね。
むしろ人を応援するようなことを書き続ける。
「こういうことをやりましょうよ。」といったことだったり、あるいは「芸能人とか政治家の批判ばっかりしていても、何も変わらないよ。」といったことを言ったりする。

批判で社会は変わらない。
それを結構、具体的な場面で言い続ける。
すると賛同してくれる人が増えてくる。
結果的に粒屋木さんって人はだんだんインフルエンサーになっていくんですね。
あばあちゃんだけど、やっぱりそういうことができる。
前田先生
今までそういう能力があるのに気づいてなかった。
そういう見方や考え方を表現するだけで、フォロワーが増えていくっていうのはやっぱり単純に現役の頃の能力だけじゃ測れないものがあるんですね。

「高齢者にはそういう力もあるんです。」ってことも言いたいんです。

前田先生
でも現実的に、地域を動かせるのは僕は高齢者と子供だと思っています。
現役世代の人たちは、地域というよりどちらかというと、自分の所属している会社とか、自分の持っているお店とかそういった方に当然エネルギーを費やしていますよね。
それでOKだと思います。

だとした時に、やっぱりおじいちゃんとかおばあちゃんたちの力をもっと学校や地域の中に生かす必要がありますよね。

それと子どもたちにおじいちゃんおばあちゃんが教えるのではなくて、一緒に考えていく。
そういう方が面白いと思っています。

それで現役の世代の人たち(PTAや、まちづくり)は、やはりそれを応援する立場で、お互いにいい関係になってくれれば、良いなと思っているんです。

後藤
そうですね、それはすごく面白いし、理にかなっていると思います。

『抵抗勢力は必ず発生する』ことを知っていると、動きが変わる。

前田先生
いくつか抵抗勢力ってあると思うんですよ。
何か新しいことをやろうとしたら、必ず抵抗がある。

第1巻では、おばあちゃんたちがすごく最初は嫌がっていたのが、だんだん変わっていく。
古井固男(ふるい かたお)さんと、音無元気(おとなし げんき)さんが対立していたり、インターネットに対してすごく否定的だったりするんですね。

でも、結局それを乗り越えていったら、新しい価値が生まれたりすることがあるんです。
音無静香さんは「インターネットは大嫌いだから、ものを欲しければ買いに来い。」っていう発言をポスターにしていくんです。
「ネットで買えないものがある」っていう、また新しい価値を生み出していくんです。

前田先生
実際に行かないと手に入らないという価値。
そういった価値というのは、大事だと思うし、あえてネットで買えないものや、その場に行かないと分からないもの。
そういったものを創っていく。

それはやっぱり、場とか、目的意識によって変わっていくと思うんです。
そういったことが皆で出来ていけばいいなと。

 教師とは。

後藤
最後に聞きたいことがあるんです。
一言で「先生とは?」って質問されたらなんて答えますか?
前田先生
『学びのプロフェッショナル』です。
後藤
僕、いろんな先生と話をさせてもらう機会があるんです。
その時に、すごいなって思うことが1つあって。

みなさん真面目な話になった時に、「この話を子ども達に伝えるにはどうしたらいいと思いますか?」って逆に質問をしてくる先生方が多いんです。
いつもそれを聞いて感心しちゃうんです。

後藤
「子ども達のために」って言うんです。

自分ではないんですよね。
「子ども達にもっと分かりやすく…。」っていうのは、一般企業の人たちにはあまりないと思うんですね。

前田先生
「お客様に満足してもらうために」というのと同じニュアンスだと思うんですけどね。
後藤
でも、そこは商業ベースでないと思ってて。

何を聞いても、「子ども達のために」っていう枕詞がつくのはすごいって思ってるんです。

前田先生
ですよね。
教師の性(さが)っていうか…そういうものですよね。
基本的に子ども達にとって良いものは何なのかを考えていますよね。
だからどんなに意見を対立していても、子どもにとって「そっちがよい」となれば「ガーっ」とそっちにいきますよね。

後藤
はい。
それに気づいたのが、しばらくPTA会長をやったあとだったんです。
だから最初にやり始めた時って、「なんでこの人たち分からないんだろうな。」ってずっと思ってて。

でも、校長先生や教頭先生じゃなくて、現場の先生たちと話をするようになって、若手の先生ですらそういう風に言うんだって思った時に、「この人達もしかして、思っていることは一緒なんだけど、表現の仕方が違うだけなんだな。」って思ったんです。

前田先生
そうですね。

「子供のために良い教師になりたい。」とか「良い学校にしたい。」というのは共通のことだと思います。
特に小学生って慕ってくれるじゃないですか。
「じゃあ皆さん、教科書開けましょう。」って言ったら、一斉に開きますよね。
「じゃあ感想を3行で書きましょう。」って言ったら、一生懸命に書くじゃないですか。

そうするとなんか、可愛いんですよね。
自分の言った通りにやってくれる子供がいるというのはすごい可愛い反面、凄い責任を感じるんですよ。

「自分の一挙手一投足を見て、子ども達が育つ」とか、「自分の授業力や自分の学級経営で、子どもたちにすごい影響を与えている」と思うと責任を感じるんです。
だから「子供のために」というのが、最初に来るんでしょうね。

後藤
子どもが大人社会をみるのは、親と先生が大きな役割を果たしていると思ってるんです。

特に最近は、子どもから見た時に、大人の登場人物がすごく少ないんですよね。
昔みたいにおじいちゃん、おばあちゃんがいないし、ましてや町内会、地域といったものとの関係性が薄い。

結局、「大人の何を見て育ちますか?」って言ったときに、「親は共働きでほとんど会いません。」となると、見ているのが先生だけだったりするんですよね。
後は習い事の先生ですよね。

後藤
なので、その人たちが果たしてくれている役割ってすごく実は多いんです。

だからこそ自己肯定感が持てなくなってる子どもが、とても増えているのかなって思ってるんですね。

もっと登場人物が多ければ、「こういう大人もいるんだよね。」で済む。
でも見ているのがたった数人の登場人物の大人だと、「大人はこういうもの。」って思いがち。
それはすごく怖いなというのがあったので、学校がもっと開けていろんな人が出入りできるような感じになってくれるといいなと思うんです。

前田先生
その通りですね。
私も大賛成です。

 色々な人を巻き込んでいくと、学校はもっと面白くなる

前田先生
色んな人が学校に入れるようになっていくと、教師も手伝ってもらえて楽なんですよ。
この本の話に桜山先生という美術の先生が、家庭科も教えてるんです。
でも、もともと美術が専門なので、裁縫的なものはあまり得意じゃなくて、料理もそんなに上手じゃない。

でも家庭科も教えないといけない。
バスケットも教えないといけない。
この桜山先生って苦手なことを教えざるを得ない先生なんですよね。

前田先生
そこで地域の、阿亜斗(ああと)さんたちが入ってきてくれるんです。
裁縫がすごく上手だったりとか、他にも色々上手だったりして、「家庭科の授業を一緒にやってもらいましょう。」という話になると、誰にとってもハッピーなんですよね。
生徒にとってもハッピーだし、先生にとってもハッピーだし、地域の人たちもハッピーだし。

そのことによって子ども達が地域への意識も高まっていけば、地域の人とも触れ合う時間が増えていきますよね。
そういった形で学校の中に年齢とか性別に関わらず、本当に生きのいい、志のある人たちがどんどん集まってくれた方が、面白いことが出来るんじゃないかって思うんです。

前田先生
これから先、空き教室がどんどん増えていくんだったら、学校の中にもう1つ学校を作って、そこはもう「大人たちが学ぶ学校」にすればいいとも思うんです。

学校のカギも、地域に開放して、職員室は開かないけども、特定の棟は地域に開放してあげてそこは自由に入れるようにする。
そこで子どもの荷物は全部ロッカーに入れて、「地域でいろんな会合をしてもいい」という感じにしても、たぶん問題ないと思うんです。
また、子どもが大人に教えるようなこともあると思うんですね。

前田先生
例えばコンピューターとか。
子供が放課後に大人に教えることがあってもいいと思います。

リカレント教育っていうんですけど、一度大人になった人たちがまた学びに来るような、そういう場所になって問題ないと思うんです。
そのことによって大人の学ぶ力がアップしていけば、またその地域も面白くなりそうな気がするんですよね。

後藤
そうだと思いますね。
前田先生
だからこれから学校がどんどん面白くなっていくと、僕は思うんですけどね。

 地域の人と、親と、子ども達。

後藤
地域に重鎮というか、昔からの方がいて、いろんなことを知っている人たちがいるじゃないですか。

逆によそからいろんな人たちも入ってきてる。
例えば、僕はこの場所を知らないけど、逆に子ども達は、小学生だと社会科で川口市とかを学んでいて知ってたりする。

知らない僕と、知ってる子ども達と、もっと詳しい重鎮たち、みたいな。
そういう組み合わせもすごく面白いと思うんですよね。

前田先生
そうですよね、確かに。
後藤
教科書に載ってないような、「昔、ここはこうだったんだよ。」っていう話があったり。
その子供と、おじいちゃんとかおばあちゃんとのやりとりを聞いてるだけで、何も知らない僕はいろんなことを知ることができる。

おじいちゃんとかおばあちゃんからしてみれば、「自分の知ってることなんて大してない。」っていうようなことを、どうやって引き出せるのかはすごい面白いと思うんですよね。
なんかそんなことが出来ればいいなって思います。

前田先生
2巻目では、こういう展開なんだなっていうのが分かると思います。

まとめ

教師は『学びのプロフェッショナル』。プロならば、1人で背負い込まず、人を頼っていくことも必要なことなのだと思います。しかしどうしても、自分で背負いこもうとしてしまいがちな教師。頑張るのは大事なことですが、それによって教師自身が苦しんでいたら、そこで教わる子ども達は果たして幸せだといえるのでしょうか。また、問題が起こらないようにすることは大事だけれど、それが子ども達のせっかくのチャンスを奪いかねないということも、頭に入れておくべきなのだと思います。

第3弾はこちら⇒http://kyouikukaikaku-2020.com/2019/11/21/52/

前田先生の過去のインタビュー記事はこちら⇓

学習者側から授業を組み立てることで授業が変化する⁈ ~前田康裕先生へのインタビュー 第1弾~

■ インタビュアー
後藤【元PTA会長】
元PTA会長として、学校現場の現実を目の当たりにし、現在の学校教育について疑問を抱く。自分はPTA会長という立場で何かできることはないのか?と日々、子ども達や先生たちのために奔走。保護者と先生、そして地域の方との橋渡し役として、なくてはならない存在である。彼のおかげで多くの先生たち、保護者が救われている。
■ 執筆者情報
森田恵【元小学校教師】
子どもが好きで、彼らをより笑顔にしたいという思いを抱き、教員を目指す。しかし、挫折。あまりにも上手くいかないことばかりで退職を考えるも、奮闘し、次第に毎日が楽しく変化する。子ども達からも「先生大好き!」と言われる日々を送る。そんな小学校教員時代の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。現在は海外に移住し、子ども達に日本語を教えたり、日本の文化を伝えたりする活動を行っている。また現地校で日本の教育との違いを学び、それを日本の教育に活かす方法や感じたことを日々発信している。