学校の働き方改革が進まない。いや進んではいるのだろうが、「学校は変わった」と世の中が思ってくれないと、教員不足解消の反転攻勢は始まらない。
不登校が増え続けている。子どもたちがいまの学校に限界を感じていることの証のひとつだろう。これまでの学校の常識を劇的に変える必要があるのではないか。
いじめも増え続けている。教員が一生懸命、認知するようになった結果だとしても、1人の教員が変化に気づいて対応できることは限られている。複数の教員の眼で子どもたちを見ることが欠かせない。
そうした問題意識から、まず「学年担任制」の現場を訪ねようと考えた。一つの学級には1人の担任がいるというのが世の中の常識だが、その常識を破る取り組みが静かに広がりつつあるようなのだ。
ただ、いまや文部科学省が予算を確保して推進する小学校の「教科担任制」と違って、全国でどの程度行われているのかはわからない。ずいぶん古くから取り組まれていると言う人もいるし、昨年度はやっていても今年度はやっていない学校もありそうだ。特定の学年、特定の時期ということも珍しくない。名称も「学年担任制」「全員担任制」などいろいろな呼び方がされている。呼び方の数だけやり方も微妙に違うはずだ。「やったことはあるが、結局うまくいかなかった」と過去形で語る人もいる。
だが実態が見えないだけに、各地に足を運ぶことの意味もあるのではないか。
そう考えて「共育の杜を歩く」旅に出た。
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「学年担任制が必要」と訴えている教育長がいる。千葉県松戸市の伊藤純一もその一人である。松戸市は江戸川を渡ればすぐ東京都という地理的な条件から、東京のベッドタウンとして発展してきた。筆者は2021年から、このまちの教育委員を務めている。「共育の杜を歩く」旅とは言え、まず足元から取材してみなければと考えた。
伊藤には同市内の中学校での管理職時代、組織として学年でまとまって朝学習を始めた経験がある。統合したばかりの学校で、学校がうまく回っているとは言えない時期だった。この取り組みは何年か続けた記憶がある。ある意味で、これも「学年担任制」の取り組みの一部だろう。
そしていま、現場に「学年担任制」をお願いしている理由のひとつに教員不足を挙げる。
「クラス担任が1人休み始めるとまず教務主任が入る。2人目は教頭が入る。そういう文化を変えなければいけない」
1学年3クラスある学校なら3人の教員が3クラスを見る。「そうすることで、教務主任が入ることになっても、まるまる入る必要はなくなる。2.5人で済むので、チームティーチング(TT)のT2で動ける人が入ればいい」。生徒指導面でも、多くの目で子どもを見ていくことができる。1人の担任とウマが合わないために、学校に行くことをいやがる子どものことはよく耳にする。
なるほど、と思う。しかし、言うほど簡単なことではないようだ。
現実には先行している中学校が1校ある。2022年度の報告書も教育委員会に届いている。しかし、伊藤は中学校で先行してやってもらうつもりはなかった。
「本来は小学校から取り組んでもらいたい。小学校のほうが組織で議論することが弱い。担任が1人で課題抱えて無理をしてしまう」
伊藤は教員を集めてフリーに議論する「寺子屋」と呼ぶ非公式の学びの場を、文字通り、松戸市内の寺を借りて開いてきた。その中には、入職から間もない教員の集まりもある。若手教員のコミュニケーション力不足を感じてきたからこそ始めた集まりだ。
「1対1のコミュニケーションが苦手な教員は以前より増えている」と実感している。それだけに他の教員と一緒になって課題に取り組むことが苦手なのかもしれない。
伊藤には以前、特別支援学校の校長から、通常の学校から異動してくる教員について愚痴をこぼされた経験がある。特別支援学校は、子どもへの対応で最初からチームを組んで動いているからである。
「学年担任制」は特別支援学校に学ぶ必要があるかもしれないという発想が頭をよぎったが、2023年4月の新学期早々、ひとまず、先行している中学校を訪ねることにした。
(文中敬称略)
「学年担任制」に昨年度から取り組んでいるのは、松戸市立栗ケ沢中学校だ。JR常磐線の松戸駅から新京成電鉄に乗り換えて五つ目の常盤平が最寄り駅になる。1年生と3年生は4クラス、2年生は3クラスという規模の学校だ。説明してくれたのは主に教頭3年目の佐野隆義だった。以前にもこの中学校で勤務経験がある。
2022年度は1、2年生のみで実施、2023年度は初めて3年まで含め全校で取り組むことになった。2023年度の担任の交代スケジュールを記した4月のカレンダーを見て驚いた。2、3年生は週替わり、ときにはそれ以上の頻度で人が変わっている。
例えば2年生だと、教員Iは6日の始業式から14日までを1組を担当。発育測定、避難訓練、保護者会のある17日からの週には2組、スポーツテストなどのある24日からの週は3組に入る。17日からの週には別の教員が、24日からの週はさらに別の教員が1組担当になる。後から入るのは学年主任の教員だったりする。
どの時点で交代するかは学年ごとのマネジメントだ。1年生はまず生徒が中学校に慣れること優先という判断で、4月は動かさないことにした。2023年度から見直したことのひとつだ。
厳密にいうと、週単位で交代しているのはあくまで「期間担当」(一定期間担当する教員)で、通知表や調査書など、絶対に抜け落ちてはならない業務については、学級(進路)事務担当の教員を固定している。一方で、定期的な面談は生徒や保護者の希望に応じて面談者の教員を選ぶことができる。
2022年度は、修学旅行の責任者が一定期間外れるなど、時期によって担任業務を外れ、負担を平準化するという取り組みを試みた。その結果、教員の勤務時間が目に見えて短くなったという。1クラスを担当するよりは生徒理解に時間がかかる。しかし、特定の教員だけが勤務時間が長くなるということがなくなったのだ。
「超過勤務の理由を聞くと、保護者対応と部活動が圧倒的に多いのですが、このうち保護者対応を理由にする超過勤務が明らかに減りました」
どういうことか。「固定担任制だと不必要な対応が多かった」。子どもの代わりに親が連絡してくるようなケースが減り、保護者との適度な距離感ができたことで、対応する時間が減ったというのだ。
学年ごとに日常的にも責任を共有し、何かあった時には互いにフォローするようになった。また、職員室で個々の生徒のことを話題にする機会が増え、通知表の所見欄についても互いに、生徒の良い部分を話し合うようになった。さらに、管理職の側からすると、担任をもたせて大丈夫かなという心配をする必要がなくなったという本音も漏れた。もちろん、学年全体を見渡すために、生徒理解には時間がかかるが、教員にはいいことが多いようだ。
また、生徒も以前より主体的にものごとに取り組むようになった。学級担任がいると、どうしても担任は学級づくりをしようとする。だが、そうでないから自分たちのクラスをどうするか、生徒主体で決めていくことが増えたというのだ。ただ、保護者には、教員以上に抵抗が強い。アンケートの結果をのぞいてみよう。
(文中敬称略)
<「共育の杜」を歩く>の第1部<「学年担任制」を考える>のシリーズは、いったんこれで終わります。この間、取材の出発点となった千葉県松戸市では、もう1校、本格的に「学年担任制」に取り組み始めました。この仕組みに興味をもつ研究者も現れています。
全国にはほかにもまだ取り組まれている学校の情報があります。また、この取り組みを広げるきっかけをつくった工藤勇一さんのことも詳しく取り上げていません。
ただ一度、時間を置いて改めて考えたいと思っています。“ホームベース”に戻ってひと休みする感覚ですが、引き続き<杜>は歩いていきますので、よろしくお願いいたします。