信頼のために。~正しさ、よりも大切なこと~

【更新日】 2025年3月15日(土) コミュニケション・外国語運用能

正しさを優先すると、本当に大切なことがみえなくなってしまいます


だんだんと春の陽気になってきました。
新学期も控え、新たな希望を感じると
自然と心も温かくなってきます。

そんな中、今年はどんな一年にしようか…
と思いを巡らせている方も多いのではないでしょうか。

こんな時期、子どもたちと接する教員にとって、
どうしても大事なキーワードとして考えられるのは「信頼」ですよね。

今日はその「信頼」について、新学期の前に立ち止まってご自身の中で再定義をしてほしいなと思います。

学校運営、学級運営をするうえで、大切な「信頼」。
そしてその「信頼」に欠かせないのは「安心感」です。
そしてその「安心感」を感じるうえでネックとなるのが、「正しさ」です。

今回は、この「正しさ」について考えていきます。

この「正しさ」は、とても大切な要素です。

きまり、規則、ルール。
時間を守るから、授業が順調に進む。
校則を守るから、喧嘩も少なくて争いもなくなる。
マニュアル化してあるから、誰にでも応用がきくから難しくない。
そんな風にメリットはあるし、必要最低限の正しさは必要です。

でも…
私はこの 「正しさ」を無意識に優先するあまり、
相当苦しんできました。

なぜ苦しかったのか?
良しとされている「正しさ」のデメリットとは何なのかを考えてみます。
 

「正しさ」のデメリットは?


①プレッシャーが生まれ、疲弊していく

まず、正しくあろうとするほど、プレッシャーが生まれてきます。
そうすると、失敗を恐れるあまり、どんどん疲弊してきます。
すると、自分に対してにとどまらず、他者に対しても厳しくなります。

その状態で子ども達の前に立つとどうなるでしょう?
威圧的で、子どもたちの居心地が悪く、安心感なんて微塵も感じなくなりますよね。

②関係性が悪くなる

正しさを求める、ということは「正しい」「間違っている」の二択で物事を考えていることになります。
そうすると、多様な意見を受け入れにくくなります。

これは意外と気づいていないのではないでしょうか。
特に日本人は予定調和を良しとする傾向があり、予定不調和であると、混乱する方が多いように見受けられます。

それは常に自分の中に、「こうあるべき」が存在していて、それはつまり「正しい」と自分で決めているとも言えます。

そうすると、子ども達や同僚に対して「こうあるべき」だと決めつけてしまい、柔軟な関係が築きにくくなります。

③チャレンジが出来なくなる

失敗を恐れるあまり、新しい事に挑戦できなくなります。
それによって行動が制限されてしまいます。

④自分ら良さを見失ってしまう

あまりにも「正しさ」を優先してしまうと、本当は自分はどうしたいのか、何がしたいのか…など自分の気持ちがわからなくなってしまいます。
その「正しさ」に自分自身が縛られてしまうのです。

さらに、

これらが子ども達と関わることでどのような影響を及ぼすのか?
について考えてみます。

 

「正しさ」を優先した時の子ども達への影響

①柔軟性が失われ、画一的になる

簡単に想像がつくと思います。
前例がないから。ルールだから。と日々変化する子ども達や実際に起こることに応じた柔軟な対応ができなくなります。

そして例外が認めにくくなり、個別の事情を考慮することが困難になります。
表面的には考慮できても、自分の中ではもやもやしたものが残り、それが子どもとの関係性をぎくしゃくさせてしまいかねません。

②教員同士の関係がギクシャクする

自分が正しい、となってしまうと、自ずと〇〇先生のやり方は間違っていると批判がでてきます。
これは実際によく耳にするのではないでしょうか?

お互いに厳しい目でみるようになっていきます。

さらに、指導方法やその価値観すら受け入れられないようになり、学校というチーム全体としての連携が弱まります。

③子ども達が指示待ち人間になる

「こうしなさい」「これが正しい」「これは間違っている」と無意識に伝えていると、子ども達の中に自主性が育っていきません。
考えることをしなくなるのです。

それが続くことで、どんどんと受け身の人間となっていきます。
「正解がわからないから発言できない」「先生からの指示がなかったから」とロボットのような指示なしでは動けず、考えず…になっていきます。

⑤ルールの目的化によって、子どもの本質が見えなくなる
ルールだから守るべき、という意識が強くなって、なぜそのルールが必要なのか?といったことを考える機会が失われてしまいます。

⑥クラスに「萎縮」「分断」が生まれる

「正しさ」を強く求めると、失敗を恐れる空気が生まれ、間違えることが恥ずかしいと感じる子どもが増える。

教員の「正しさ」に適応できる子、そうでない子の間に分断が生まれてしまう。

さらに子ども自身への影響も起きてきます

「正しさ」が子ども自身に与える影響


①子どもの本音が見えなくなる

叱られないように…とするので「先生が求める答え」を言うようになり、素直な気持ちを表現しにくくなる。

②間違い=ダメなことと思い込む

失敗を恐れるようになり、挑戦しなくなる。
正しくできないことは価値がないと、子ども達自身が感じてしまう。

③信頼関係が築きにくくなる

「間違えても大丈夫」と思える環境がないと、子ども達は先生に心を開きにくい。
教師自身が、「正しさ」を基準にすると、「出来る」「できない」で評価しがちになってしまう。

まとめ

ざっと正しさについて書きました。
これは実際に「正しさ」にまみれ、なかなかそこから抜け出せなかった私の実体験です。

正直、「正しくありたい」と思っていたわけではありません。
でも、どうしても「正しく」あることが私にとってスタンダードであり、「間違い」をとても恐れて生きていました。

だから挑戦できなかったのです。
なぜなら、挑戦すること=失敗することであり、
失敗すること=間違うことであり、
間違うこと=嫌われる=孤独になってしまう

という前提が私の中に根強く信念としてもっていたのです。

でもこれに気づいてからは、
もちろん長年持っていたから取り外すのはとても抵抗がありましたが、
とても心地よく、楽になり、
また人間関係においてもスムーズに進むようになったのです。

社会にでると、正しさを追い求め、間違わないように生きていくのは
本当にしんどくて、ツライです。

正しさの中で生きていくのは、
自分を苦しめる行為ではないかと思うほどに、
どんどん自分攻めが始まっていってしまうからです。

自分のためにも、そして子ども達のためにも、
信頼関係を築くためにも、
あなたの中にある「正しさ」を一度見直してみてはいかがでしょうか?

それがあなたを苦しめているものだったら、
少し勇気をもって、手放してみてはどうでしょうか。

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■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。