「ちゃんとしなきゃ」を手放した日から、子どもとの時間が変わった

【更新日】 2025年7月9日(水) コミュニケション・外国語運用能

⁡

「ちゃんとしなきゃ」を手放した日から、子どもとの時間が変わった

⁡
「ちゃんと指導しなきゃ」
「ちゃんと見ておかなきゃ」
「ちゃんと書類も、行事も、保護者対応も…」
⁡
そんなふうに、過去の私は“ちゃんと”を重ねながら毎日を過ごしていました。
⁡
一つひとつは当たり前のことだと思っていたけど、
ふと気づくと、どこか息苦しい。
⁡
職員室では笑っていても、
家に帰ると何もしたくなくて、
ごはんを食べる元気さえ湧かない。
⁡
そんな日々を繰り返していました。
⁡
⁡
そんなある日のこと。
⁡
ある児童Aくんが友達と喧嘩になり、
話の仲介をして、クラスみんなで話し合って。
そんな日が終わり、子供たちを返した後に教室に戻ってみると、教卓の上にメモが一枚。
⁡
「せんせい、きょうもいっぱいありがとう。Aより」
⁡
たった一言。でもそのとき、胸にストンと落ちるものがありました。
⁡
その日、その話し合いは私的には
“ちゃんと”やれてない出来事でした。
⁡
さらに、その話し合いで
やらねばならないことも出来ず、計画もズレて、授業もバタバタ。
教員として失格だ…と落ち込んでいた放課後。
⁡
それなのに、この子は私のことを“ありがとう”って思ってくれてた。
⁡
「ちゃんとやれてるかどうか」は、きっと私だけが気にしていたのかもしれない。
⁡
それよりも、“どんな気持ちでそこにいるか”のほうが、ずっと子どもに伝わるんだ!
そんなふうに思えた瞬間でした。
⁡
それ以来、私はちょっとだけ「ちゃんと」をやめてみることにしました。
⁡
完璧じゃない授業でもいい。
連絡帳のコメントが一言だけでもいい。
書かない日があってもいい。
無理に全部を抱え込まなくてもいい。
抜けててもいい。
⁡
そう思えるようになると、不思議と子どもとの時間が、ふわっと軽くなっていきました。
⁡
「先生、今日なんか楽しそうだね!」って言われるようにもなりました。
⁡
それはきっと、自分自身が“がんばりすぎる自分”から
少し自由になれたからだと思います。
⁡
「ちゃんとしなきゃ」って、
実は“自分を守るため”の言葉でもあると思うんです。
⁡
そうしないと怒られるかも。
周りから評価されないかも。
子どもに迷惑をかけるかも。
⁡
いろんな「かも」の不安から、自分を守るための『頑張り』だったんだと思います。
⁡
でも、本当に大事なのは「完璧な指導」じゃなくて、子どもたちに必要なのは
安心してそこにいられる大人の存在。
⁡
ちょっと失敗しても、バタバタしても、
どこかでホッと笑っていられる教員。
⁡
そんな大人のそばにいることで、
子どもも自然と安心して、
自分らしくいられるようになる。
⁡
私はそう思います。
⁡
⁡
あなたは今、どんな「ちゃんと」に縛られていますか?
⁡
もちろん、教員として責任感を持つことはとても大切です。
⁡
でも、その中に少しだけ余白を持たせてみてください。
⁡
「今日はこれだけでいいや」って、自分に小さなOKを出してみてください。
⁡
意図が変わると、空気が変わります。
空気が変わると、子どもの表情が変わります。
それが積み重なって、教室が少しずつ変わっていきます。
⁡
「ちゃんとしてない自分でも、大丈夫だった」
そう思えたあの日から、
私の教員生活は少しずつ、でも確かに変わり始めました。
⁡
あなたの“ちゃんと”は、誰のためのものですか?
⁡
良かったら、その問いをご自身にしてみてください。
⁡
意外な答えが返ってくるかもしれません。


-------------------------
共育の杜のセミナー情報はこちらから
↓
セミナー情報

_________
この度、電子書籍を出版することになりました。
良かったら読んでみてください。
↓



―――――――――
定期的に共育の杜からメルマガを配信しています。
↓
メルマガ登録はこちら

―――――――――
ブログに関しての質問や感想、聞きたいこと、トピックとして挙げてほしいことなどありましたら、下記までメッセージをください。
↓
こちらから

■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。