なぜ、教員は「立っているだけ」で疲れるのか〜姿勢ではなく、身体の使い方の話
一日、特別なことはしていない。
走り回ったわけでもない。
重い物を持ったわけでもない。
それなのに、
放課後になると、どっと疲れている。
足が重い。
腰が張る。
肩が固まっている。
「もう若くないからかな」
「体力が落ちたのかな」
そうやって、
自分の問題として片づけてしまうこともあるかもしれません。
でも、その疲れは、
年齢や体力だけの問題ではないように思うのです。
教員は「動いていないようで、ずっと動いている」
教室に立っている時間。
一見すると、あまり動いていないように見えます。
でも実際には、
•子どもの様子を常に追っている
•空気の変化を感じ取っている
•次の展開を考えている
•何か起きないか、無意識に備えている
身体は止まっていても、
神経はずっと働き続けている状態です。
この「見えない動き」が、
身体に小さな緊張を積み重ねていきます。
「姿勢を良くしよう」が、逆効果になること
疲れを感じたとき、
「姿勢が悪いのかもしれない」
と考える人は少なくありません。
背筋を伸ばす。
胸を張る。
お腹に力を入れる。
たしかに、一瞬はシャキッとします。
でも、その状態を保とうとすると、
呼吸が浅くなったり、身体が重くなったりしませんか。
それは、
姿勢を整えようとして、身体を固定しているからです。
背骨は「頑張って立たせるもの」ではない
背骨というと、
身体をまっすぐ支える、一本の柱のように想像されがちです。
でも実際の背骨は、
小さな骨が連なった、しなやかな構造です。
本来は、
動きに合わせて揺れ、
重さを分散し、
衝撃を逃がす役割をしています。
それを、
「倒れないように」
「崩れないように」
と力で支え続けると、
どこかが無理を引き受けることになります。
教室では、身体も前のめりになる
教室という空間そのものが、
人を前に引っ張ります。
黒板。
子どもたち。
次の活動。
自然と、
身体も気持ちも前に出る。
これは、責任感がある証拠です。
よい教師であろうとする姿勢でもあります。
でも同時に、
重心が前にずれた立ち方でもあります。
その状態で、
一日、何時間も立ち続けたら、
疲れが出ないほうが不思議です。
「頑張って立つ」から、「預けて立つ」へ
ここで、立ち方を変えようとしなくていい。
矯正しようともしなくていい。
ただ、立っているときに
こんな問いを一つ、持ってみてください。
「私は今、どこで身体を支えているだろう?」
・足の裏に体重はあるか
・太ももが固まっていないか
・腰を反らせていないか
・肩に力が入っていないか
答えを出す必要はありません。
気づくだけで、身体は少し緩みます。
背骨は、
力で引き上げるものではなく、
重さを通して地面に預けていくものだからです。
おわりに
疲れているとき、
「自分の努力が足りない」
と思わなくていい。
もしかしたら、
ずっと無意識に、踏ん張り続けていただけかもしれません。
そのことに気づけた瞬間、
身体はもう、休み始めています。
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■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。