なぜ、教員は「立っているだけ」で疲れるのか〜姿勢ではなく、身体の使い方の話

【更新日】 2026年2月3日(火) コミュニケション・外国語運用能
一日、特別なことはしていない。
走り回ったわけでもない。
重い物を持ったわけでもない。
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それなのに、
放課後になると、どっと疲れている。
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足が重い。
腰が張る。
肩が固まっている。
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「もう若くないからかな」
「体力が落ちたのかな」
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そうやって、
自分の問題として片づけてしまうこともあるかもしれません。
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でも、その疲れは、
年齢や体力だけの問題ではないように思うのです。
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教員は「動いていないようで、ずっと動いている」

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教室に立っている時間。
一見すると、あまり動いていないように見えます。
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でも実際には、
•子どもの様子を常に追っている
•空気の変化を感じ取っている
•次の展開を考えている
•何か起きないか、無意識に備えている
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身体は止まっていても、
神経はずっと働き続けている状態です。
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この「見えない動き」が、
身体に小さな緊張を積み重ねていきます。
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「姿勢を良くしよう」が、逆効果になること

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疲れを感じたとき、
「姿勢が悪いのかもしれない」
と考える人は少なくありません。
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背筋を伸ばす。
胸を張る。
お腹に力を入れる。
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たしかに、一瞬はシャキッとします。
でも、その状態を保とうとすると、
呼吸が浅くなったり、身体が重くなったりしませんか。
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それは、
姿勢を整えようとして、身体を固定しているからです。
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背骨は「頑張って立たせるもの」ではない

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背骨というと、
身体をまっすぐ支える、一本の柱のように想像されがちです。
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でも実際の背骨は、
小さな骨が連なった、しなやかな構造です。
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本来は、
動きに合わせて揺れ、
重さを分散し、
衝撃を逃がす役割をしています。
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それを、
「倒れないように」
「崩れないように」
と力で支え続けると、
どこかが無理を引き受けることになります。
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教室では、身体も前のめりになる

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教室という空間そのものが、
人を前に引っ張ります。
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黒板。
子どもたち。
次の活動。
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自然と、
身体も気持ちも前に出る。
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これは、責任感がある証拠です。
よい教師であろうとする姿勢でもあります。
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でも同時に、
重心が前にずれた立ち方でもあります。
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その状態で、
一日、何時間も立ち続けたら、
疲れが出ないほうが不思議です。
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「頑張って立つ」から、「預けて立つ」へ

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ここで、立ち方を変えようとしなくていい。
矯正しようともしなくていい。
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ただ、立っているときに
こんな問いを一つ、持ってみてください。
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「私は今、どこで身体を支えているだろう?」
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・足の裏に体重はあるか
・太ももが固まっていないか
・腰を反らせていないか
・肩に力が入っていないか
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答えを出す必要はありません。
気づくだけで、身体は少し緩みます。
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背骨は、
力で引き上げるものではなく、
重さを通して地面に預けていくものだからです。
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おわりに

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疲れているとき、
「自分の努力が足りない」
と思わなくていい。
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もしかしたら、
ずっと無意識に、踏ん張り続けていただけかもしれません。
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そのことに気づけた瞬間、
身体はもう、休み始めています。


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■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。