子どもも教師も、「頭だけ」で働きすぎている
背骨には歴史がある〜考えることと、並行してやること〜
子どもたちは、ずっと考え続けています。
私たち教師も、同じです。
けれど、身体に戻る時間はほとんどありません。
その鍵が、背骨にあるとしたらどうでしょう。
人類は、立ち上がったことで進化しました。
手が自由になり、
道具を持ち、
脳が発達しました。
「考える」という力は、
背骨が立ったことから始まったとも言われています。
けれど現代はどうでしょう。
私たちは、
考えることを加速させ続けています。
情報。
評価。
比較。
記録。
教育現場は、その最前線です。
頭が先に行きすぎている
授業計画を考える。
授業準備をする。
指導案を書く。
子ども達の対応を考える。
子どもにとって、一人ひとりへの最適な指導を考え、準備する。
成績処理をする。
保護者対応を想定する。
一日中、思考は止まりません。
子どもも同じです。
常に正解を求められ、
常に評価の中にいる。
その結果、
身体の感覚は後回しになります。
背骨は、本来ゆらぎながら支える構造です。
動きながら、バランスをとる。
でも今は、
「固めて耐える身体」になりやすい。
それが、慢性的な疲労や集中の乱れにつながっているのかもしれません。
背骨に戻る=原始に戻ることではない
誤解してほしくないのは、
思考を否定する話ではないということ。
教育は、思考を育てる営みです。
でも、
頭だけで支えようとすると、
どこかで限界が来る。
背骨に戻るとは、
思考を止めることではなく、
思考を支える土台を取り戻すこと。
頭と身体が分業できる状態です。
今日できる、小さな実践
授業前、ほんの30秒。
・両足を床につける
・膝を軽くゆるめる
・背中に少しだけ余白があるか感じる
それだけでいいんです。
「ちゃんと立とう」としなくていいのです。
身体が少しゆるむと、
子どもを見る目が変わります。
教室の空気も、ほんの少し変わります。
それは大げさな変化ではありません。
でも、
教師の背骨が静かに立っている教室は、
不思議と落ち着きます。
なぜ落ち着くのか?
それは子どもは、
言葉よりも先に、
その状態を感じ取っているからです。
そんな些細なことで…?
と思ったかもしれません。
でもその些細なことを続けてみる。
気にしてみる。
それだけで、目の前の子どもたちが変わってきたり、
自分の感覚が変わってきたりするくるのです。
私も始めはとりあえずやってみようという感じでした。
でも、少しずつ、
子どもとの距離が近くなってきたというより、
より見えるようになったり、気づけるようになったりしてきたのです。
ぜひ、試してみてはいかがでしょうか。
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■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。