子どもも教師も、「頭だけ」で働きすぎている

【更新日】 2026年3月13日(金) コミュニケション・外国語運用能

背骨には歴史がある〜考えることと、並行してやること〜

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子どもたちは、ずっと考え続けています。
私たち教師も、同じです。
けれど、身体に戻る時間はほとんどありません。
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その鍵が、背骨にあるとしたらどうでしょう。
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人類は、立ち上がったことで進化しました。

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手が自由になり、
道具を持ち、
脳が発達しました。
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「考える」という力は、
背骨が立ったことから始まったとも言われています。
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けれど現代はどうでしょう。
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私たちは、
考えることを加速させ続けています。
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情報。
評価。
比較。
記録。
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教育現場は、その最前線です。
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頭が先に行きすぎている

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授業計画を考える。
授業準備をする。
指導案を書く。
子ども達の対応を考える。
子どもにとって、一人ひとりへの最適な指導を考え、準備する。
成績処理をする。
保護者対応を想定する。
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一日中、思考は止まりません。
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子どもも同じです。
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常に正解を求められ、
常に評価の中にいる。
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その結果、
身体の感覚は後回しになります。
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背骨は、本来ゆらぎながら支える構造です。
動きながら、バランスをとる。
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でも今は、
「固めて耐える身体」になりやすい。
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それが、慢性的な疲労や集中の乱れにつながっているのかもしれません。
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背骨に戻る=原始に戻ることではない

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誤解してほしくないのは、
思考を否定する話ではないということ。
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教育は、思考を育てる営みです。
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でも、
頭だけで支えようとすると、
どこかで限界が来る。
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背骨に戻るとは、
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思考を止めることではなく、
思考を支える土台を取り戻すこと。
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頭と身体が分業できる状態です。
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今日できる、小さな実践

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授業前、ほんの30秒。
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・両足を床につける
・膝を軽くゆるめる
・背中に少しだけ余白があるか感じる
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それだけでいいんです。
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「ちゃんと立とう」としなくていいのです。
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身体が少しゆるむと、
子どもを見る目が変わります。
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教室の空気も、ほんの少し変わります。
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それは大げさな変化ではありません。
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でも、
教師の背骨が静かに立っている教室は、
不思議と落ち着きます。
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なぜ落ち着くのか?
それは子どもは、
言葉よりも先に、
その状態を感じ取っているからです。
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そんな些細なことで…?
と思ったかもしれません。
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でもその些細なことを続けてみる。
気にしてみる。
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それだけで、目の前の子どもたちが変わってきたり、
自分の感覚が変わってきたりするくるのです。

私も始めはとりあえずやってみようという感じでした。
でも、少しずつ、
子どもとの距離が近くなってきたというより、
より見えるようになったり、気づけるようになったりしてきたのです。

ぜひ、試してみてはいかがでしょうか。

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■ 執筆者情報■森田恵
子どもが好きで教員を目指すが、挫折。退職を考えるも奮闘し、次第に毎日が楽しく、子ども達からも「先生大好き!」と言われるように。そんな教員時代の経験をもとに、悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。結婚を機に、渡米。10年の小学校教師の経験を活かし、渡米後は日本語の家庭教師や、現地校にて日本の文化を伝え、日本語を教えて過ごす。現在3児のママ。2度の流産経験により、食や環境、ママの状態が子どもへ与える影響などに興味を持つ。さらに、意識によってもたらされる変化を日々、体感を通して実践している。