前回は、人間の未発力が発現するかどうかは、本人の才能や努力だけではなく、その人を取り巻く構造によって決まることをお伝えしました。
では、人を育てる教育は、どのような構造をつくればよいのでしょうか。
教育の中では、評価や測定が欠かせません。
テストによって学習の到達度を確認する。
記録によって成長の変化を見る。
観察によって、その人の得意なことや課題を捉える。
評価は、今どこにいるのかを知るために必要なものです。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
現在を測った結果によって、その人の未来まで決めてしまうことです。
私は、評価そのものを否定しているのではありません。
大切なのは、
評価は現在地を知るためのものであり、人間の可能性の限界を決めるものではない
ということです。
テストによって、今どこまで理解できているかを測ることはできます。
競技の記録によって、今どれくらいの速さや強さを持っているかを測ることもできます。
仕事の成果によって、現在どのような結果を生み出しているかを確認することもできます。
しかし、その人がこれからどこまで成長するのか。
どのような出会いによって変化するのか。
どんな経験をきっかけに、自分でも知らなかった力を発現させるのか。
そこまで測ることはできません。
なぜなら、人間には、まだ存在そのものが認識されていない未発力があるからです。
測定できるのは、現在すでに現れているものです。
未発力は、まだ現れていないからこそ、測定の対象にはなりません。
だから、
「今できていない」
という事実と、
「これからもできない」
という判断は、まったく別のものです。
教育の現場では、現在地と限界が混同されることがあります。
テストの点数が低い。
人前でうまく話せない。
集団行動が苦手である。
失敗が多い。
行動が遅い。
こうした現在の状態を見て、
「この子は勉強ができない」
「リーダーには向いていない」
「主体性がない」
「社会に適応するのが難しい」
と、その人そのものを定義してしまうことがあります。
しかし、それは現在の一場面を見て、未来全体に結論を出していることになります。
現在地は、出発点です。
限界ではありません。
現在地を正確に知ることは必要です。
けれども、その現在地から、どのような未来が始まるのかはまだ分かりません。
教育とは、現在地を明らかにしながらも、その人の未来を閉じない営みです。
評価は、本来、成長を支援するためにあります。
何ができているのか。
何がまだ難しいのか。
次にどこへ向かえばよいのか。
それを知ることができれば、評価は学びを前へ進めます。
しかし、評価が人を分類し、固定するために使われると、未発力を閉じる構造になります。
優秀な人。
できない人。
問題のある人。
向いている人。
向いていない人。
一度ついた評価が、その人を見る枠になります。
周囲がその枠を通して見るようになると、本人もその評価を自分の正体だと思い始めます。
「自分は勉強ができない」
「自分は人前に立つタイプではない」
「自分は何をやってもうまくいかない」
評価が自己内対話へ入り込み、次の挑戦を止めてしまうのです。
このとき、評価は現在地を示すものではなく、未来を閉じるものになっています。
可能性を信じると言うと、何をしても褒めることや、できていないことを見ないことだと受け取られることがあります。
しかし、それは信頼ではありません。
現実を見ずに、
「あなたなら絶対にできる」
と言い続けることが、必ずしも相手の力になるとは限りません。
本人が困っていることや、今できていないことを丁寧に見る必要があります。
課題があるなら、課題として伝える必要もあります。
約束を守れなかったなら、その事実に向き合う必要があります。
信頼とは、現実を曖昧にすることではありません。
現在地を正確に見ながら、その人が現在地を超えていく可能性を閉じないことです。
「今はできていない」
しかし、
「あなたは、今できていないだけの人ではない」
この二つを同時に持つことが、信頼です。
人間の未発力は、挑戦の中で発現します。
しかし、挑戦には不安が伴います。
失敗するかもしれない。
否定されるかもしれない。
期待に応えられないかもしれない。
自分に本当にできるのか分からない。
未知へ踏み出すとき、人は揺れます。
そのとき、
「失敗しても、あなたの価値は変わらない」
「うまくいかなかったら、一緒にふりかえればいい」
「今の結果だけで、あなたの未来を決めない」
という関係性があれば、人は一歩を踏み出しやすくなります。
信頼とは、相手の代わりに答えを出すことではありません。
相手が自分で考え、選び、挑戦し、ふりかえることができる場を支えることです。
信頼されることで、人は自分の未知なる部分へ近づいていきます。
安心できることは大切です。
危険にさらされず、否定されず、自分の居場所がある。
その土台がなければ、人は自分を守ることに力を使い続けます。
しかし、安心だけを求め続けると、未知への挑戦を避けるようになることもあります。
慣れていることだけを選ぶ。
失敗しないことだけをする。
分かっている範囲から出ない。
これでは、未発力が発現する機会は増えません。
信頼は、安心の中にとどまり続けることではありません。
安心を土台にして、まだ分からない未来へ踏み出す力です。
「絶対に失敗しないから進む」
のではなく、
「何が起きるか分からなくても、そこから学び直せると信じて進む」
ことです。
教育に必要なのは、安心だけを与えることでも、挑戦だけを求めることでもありません。
安心を土台に、信頼によって未知へ送り出すことです。
子どもは、自分の可能性を最初から言葉で理解しているわけではありません。
周囲の大人が自分をどう見ているかを通して、自分自身を知っていきます。
失敗したときに、
「やっぱりあなたはダメだ」
と受け取るのか。
「ここから何を学べるだろう」
と一緒に考えてもらうのか。
意見を言ったときに、
「間違っている」
とすぐに切られるのか。
「なぜそう考えたのか」
と聴いてもらえるのか。
大人の関わりによって、子どもの自己内対話は変わります。
大人の評価が、その子の可能性の枠になることもあります。
大人の信頼が、その子のまだ見えていない力を引き出すこともあります。
だから教育者には、
「今、この子は何ができているか」
を見る力と同時に、
「今はまだ見えていないものがある」
と捉える力が必要です。
AIの進化によって、教育の中でも、より多くの情報を分析できるようになります。
学習履歴。
テスト結果。
回答の傾向。
行動記録。
過去のデータから、その人がどこでつまずきやすいか、どのような学習方法が合いやすいかを分析することができます。
これは、教育を支援する大きな力になります。
一人ひとりの現在地を、これまで以上に細かく捉えることができるからです。
しかし、AIによる分析にも注意が必要です。
AIが扱うのは、基本的に過去と現在のデータです。
そこから未来の可能性を予測することはできます。
しかし、予測は未来そのものではありません。
人がこれから誰と出会い、何を経験し、どのような問いを持ち、どのような未発力を発現させるのか。
そこまで確定することはできません。
AIの予測を、
「この子はこうなる」
という決定に変えてしまえば、AIは可能性を閉じる装置になります。
AIの分析を、
「今は、このような傾向が見える。では、どのような環境をつくれば、新しい可能性が現れるだろう」
という問いに使えば、AIは未発力の発現を支援する存在になります。
AIは、膨大な情報から現在地を整理することに優れています。
何が起きているのか。
どのような傾向があるのか。
どこに課題があるのか。
どのような選択肢が考えられるのか。
こうした情報は、人間が次の一歩を考えるうえで役立ちます。
しかし、情報だけでは未来は創れません。
現在地から、どの未来を望むのか。
その人のまだ見えていない可能性を、どこまで信じられるのか。
何を試し、どのように関わり、どのような場をつくるのか。
そこには、人間の意志と信頼が必要です。
AIは現在地を精密にすることができます。
しかし、未来を信じ、未知へ踏み出すのは人間です。
評価と信頼は、対立するものではありません。
評価をなくす必要はありません。
大切なのは、評価を何のために使うかです。
人を序列化するために使うのか。
可能性を決めるために使うのか。
失敗を責めるために使うのか。
それとも、
現在地を知り、次の一歩を創るために使うのか。
評価を、未来を閉じる判定にしてはいけません。
評価は、
「今、何が起きているのか」
を知るために使う。
そして、信頼によって、
「ここから何が始まるかは、まだ分からない」
という余白を残す。
この二つが揃ったとき、評価は人間の未発力を発現させるための情報になります。
教育者は、子どもの未来を知っているわけではありません。
親も、上司も、指導者も、その人の可能性の全体を知ることはできません。
だから、人を育てる立場にある者ほど、謙虚である必要があります。
自分の評価が正しいと思い込みすぎないこと。
現在の姿を、その人の全体だと決めつけないこと。
自分の期待通りに育てようとしないこと。
教育とは、その人の完成形を先に決めることではありません。
本人もまだ知らない可能性が現れる余地を守り、育てることです。
何が発現するかは、まだ分からない。
だからこそ、信頼する。
分からないまま放置するのではありません。
現在地を見て、必要な支援を考え、挑戦できる場をつくり、共にふりかえる。
その営みを通して、未発力は発現力へと転換されていきます。
評価は現在地を示します。
信頼は、まだ存在しない未来を創ります。
AI時代の教育に必要なのは、この二つを混同せず、両方を活かすことなのです。
人間の未発力が発現することは、本人だけの成長で終わるのでしょうか。
第7話では、一人の人間の可能性発現が、他者、組織、地域、社会へどのように広がっていくのかを考えていきます。