教育改革に向けて~アクティブラーニングへの対応は、あなた次第?~

教育改革に向けて~アクティブラーニングへの対応は、あなた次第?~

アクティブラーニングへの対応は、あなた次第


(現在は アクティブラーニングという言葉の代わりに「主体的・対話的で深い学び」に変わっています。)

「その変化にどう対応すればいいんだろう。。。」
と近い将来に不安を感じている人も多いのではないのだろうか。

2020年の教育改革。
ここで多くの先生たちはその変化の対応に追われ、ただでさえ忙しい毎日がさらに忙しくなることは目に見えている。

でもあなたの意識を変え、行動を変えていけば、その変化にも、その時代の流れにも乗り遅れることなく、進んで行くことができる。

では、具体的に、今の状態からどのようにして、何をしていけばいいのだろうか。
今日は『アクティブラーニング ※』への対応の仕方を伝えていこうと思う。

1. アクティブラーニングによって身につけたいこと
2. アクティブラーニングを実践するために
3. 学ぶことで身についていく
4. 具体的に何をしてけばいいの?
5. 最後に

1. アクティブラーニングによって身につけたいこと


アクティブラーニングとは、主体的、能動的に学ぶような学習方法のことである。
もちろん、それが出来れば苦労はしていない。

なぜ、そもそもこのアクティブラーニングが必要なのだろうか。

それは

①急速なグローバル化に対応できるようにするため。
②AIの導入により、10年~20年後には、50%近くの職業が機械にとって代わる。その時に、対応できるようにするため。


なのではないだろうか。

この予想から、現在の職の半分近くがなくなり、
今現在とは大きく変化した未来がすぐそこに待っていると言っても過言ではない。

そのためにその時代を生きる子ども達に、必要な力を身につける必要がある。
教師としては、目の前の子どもたちの将来の働き方に変化があるということは意識しておかないといけない。
ではそれを、詳しく見ていこう。

①急速なグローバル化に対応できるようにするため。


2020年の東京オリンピックも後押しして、多くの外国人が日本にやってくると予想される。
さらに日本の人口減少の助けとなるのは、外国の方といっても過言ではない。

今までは日本という国は、海外に比べ、ほとんどといっていいほど、同一民族である日本人に囲まれて生きた。
いくら増えているといっても、海外の比ではなかったのだ。
しかし、これからの時代は違うだろう。
もっともっと多くの外国人が入ってくることは、軽く想像がつく。

そして、彼らは育った環境も違えば文化も違う。
その外国の方たちと共に、働いていくのが、今目の前にいる子どもたちなのだ。

そこで現代の多くの日本人に不足していると言われているのが、「主体性、対話力、物事を深く知ろうとする」ということである。
だから今、アクティブラーニングが必要とされているのだ。

②AIの導入により、10年~20年後には、50%近くの職業が機械にとって代わる。その時に、対応できるようにするため。


AIの導入はものすごい勢いで私たちの生活の中に入り込んでいる。
参考として、2011年にアメリカの小学校に入学した子ども達の65%は、今存在していない職業につくと予測されている。
ということは、現在2018年。今、関わっている子どもたちはすでに2011年に入学している。
それは、今、目の前にいる子たちの半分以上が今は存在しない職業につくことを意味している。

それに対応できる力を身につけさせるために必要なのものの一つが『アクティブラーニング』という指導法なのだ。

2. アクティブラーニングを実践するために


その一番の近道が、教師自身がアクティブラーニングを実践する人になる、ということである。
自分が出来ないことを子どもたちに指導することはできないのは承知の上だろう。

それは当然のことだ。

その前に、
「でもどうやって、アクティブラーニングを実践していけばいいのだろう?」と思われる方もいるはずだ。

簡単に言えば、子どもにアクティブラーニングを実践する前に、
教師自身が手本となって体験していく、ということだ。

つまり、教師が主体的な行動、対話、深い学びをしていくということだ。
ではどんなことをしていく必要があるのだろうか。

3. 学ぶことで身についていく

まずは現状で満足せず、学ぼうという意識を持つことが大事だ。
学びをやめれば、そこであなたの力を最大限に伸ばすことなく、止まったままになる。

子どもは同じ子はいるはずはなく、変化し続けている。
その中で学びをやめてしまうということは、子どもの成長に自分が追いつけなくなるということなのだ。

常に子どもたちは、新しい刺激を求めている。
彼らに最良の指導をし、最大限にその能力を伸ばしていくことが出来るのは、あなた自身が学び続けるしか方法はないと断言できる。

といっても、何も難しいことをする訳ではない。
校内研修、教師同士の関わり方、気持ちの持ち方を
ほんの少し、意識して変えていくだけで、今までの場所が学び多き場へと変化するのだ。

4. 具体的に何をしてけばいいのか?


では、どうすればいいのか。
実際に、私がやってきたことを話していこうと思う。

①主体的に行動する


まず、主体的とは、
自分の意志や判断によって行動するさま。

とある。
つまり、「自ら行動する」ということだ。

これは簡単な人にはとてもたやすいことだが、
できない人には全くと言っていいほど、どうしたらいいのか分からないことなのだ。

無理もないと思う。
今までの教育が、主体性を持たせるものではなく、指示通りに動く人間を作るための教育だったからだ。
そんな教育の下で育ってきた私たちが、いきなり「主体性を…」と言われても、動けるはずがない。

実際に私自身も特に一年目の時は、全くと言っていいほど「動けない人間」だった。
職員会議でも新しい提案に意見することなんてなく、先生方が早くから準備をしていても、時間通りにやってくる私。
そっか!こういう時は早く来るのか!と焦ってコソコソ準備の仲間入りをしているような人間だった。

校内研修の授業に立候補なんてもってのほか。
当たらないように、目を逸らし、下を向いてやり過ごすという感じだ。

もう目の前のことで精一杯。

そんな私でも、「自ら行動する」ことが出来るようになった。

私にできたのだから、あなたにも必ずできるはずだ。

 

ではその具体的な方法を示していく。
主体的に行動する=自ら動くには、まず「動けない自分」というブロックを外す必要がある。

「どうせ私は…」という、ネガティブな気持ちをまず捨ててほしい。
そして次に、周りの目を気にしすぎるあなたを、取り外していく。

周りの目を気にし続けている限り、動くことが出来ない。
または、「どんなことでも積極的に動く自分」を作り上げてしまうのも、良い方法だと思う。

今まで、石のように動かなかったあなたが急に動くようになったら、
周りの人たちは、
「どうしたの?なにがあったの?」
と、問い詰めるかもしれない。

それでも気にすることなく、動いてほしい。
最初は上手くいかなくて当然だからだ。
やってもやっても、余計に足手まといになったり、逆に文句を言われてしまうことがあるかもしれない。

それでもめげずに、頑張ってみる。
そうしていけば、おのずと「自ら行動する」ことが習慣となっていき、いつの間にか、「主体的に行動できる」ようになる。

気が重いのは、きっと校内研修などの授業への立候補ではないだろうか。
「私は授業が下手だから、立候補しても皆の学びにはつながらない。」
いや、そんなことは絶対にない。

もしかして、心ない人がそんな風に言ってくるかもしれない。。
でもめげないでほしい。

そんな人に、自分の成長を邪魔されていいのか?
と自分に問うてみてほしい。
私は学びたいのだと、胸を張って言えばいいのだ。

どんな授業からでも、学びはある。
もちろん、その授業の目指すところはぶれてはいけないのかもしれない。

だったら、その授業のあとにいくらでも修正ができる。
忘れてはいけないのは、そういう校内や郊外へ公開する授業は、
子ども達の能力を伸ばすため、教師がお互いの力を切磋琢磨していくためにあるのだ。

決して、教師同士が自分の授業を自慢するためのものではない。

そして授業への立候補をし、無事に授業が終わると、
(仮にひどいものだったとしても。批判の嵐だったとしても。)
一皮むけた自分が表れてくる。
必ず、学びがある。

そんな自分を成長させてくれるための授業はやらなければ、現状維持であり、やればやるだけ伸びていくのは目に見えている。
これを続けることで、気づいたら「主体的に行動する」自分に変化していることだろう。

「でも、いつも沢山の人が授業に立候補してくるから、自分が授業をすることが出来ない。」
それでも諦める必要は全くない。

その授業の模擬授業をやらせてください、と申し出ればよいのだ。
そうでなくても授業がうまいといわれている先生に、授業を10分でも見に来てくれるようにお願いしたり、
ビデオをとって、見てもらったり、逆に授業を参観させてもらうことも可能である。

そんなことをお願いすることができるようになれば、
もうあなたは「主体的に行動する」人なのだ。

でも、人によっては面倒くさがられたり、嫌な顔をする人がいるから、
人を選ぶか、めげずに続けてみてほしい。

 

②対話力をつける


対話は、会話とは違う。
辞書で調べると同じように書いてあるが、大きな違いがある。

これは私の見解だが、
「会話」とは、ただのコミュニケーションの一つ。雑談。
「対話」とは、その会話に相互理解を加え、言い合うのではなく、相手を受け入れた上で意見を伝えあい、より良い方向へと進めていくためのコミュニケーションの一つ。
だと思う。
本来の話し合いは、会話でなく、この対話にあたるはずだ。

よく職員会議の提案の場や、研修の場所で対話をしているつもりが、会話になっていることがある。
なぜそのようなことが起こるのだろうか。

それは、お互いが自分の意見を通すことだけに固執し、人の意見を受け入れる体制が出来ていないからでないだろうか。
表面的には、きちんと対話が出来ていると思われても、実際は意見を出しても、何の反応もなかったり、異論で埋め尽くされ、改善策が生まれなかったりという事もある。
もちろん、そんなことはなく、対話を繰り返し、どんどん高めあっている場も多い。

実際に私を含め、多くの先生方は、対話の仕方、討論の方法を教育の場で学んできていない。
だからこそ、今、どのように対話をしていけばよいのかを、教師自身が実践し、それを伝えていくことが求められている。

これは授業中だけでなく、むしろ休み時間などの隙間時間に子どもたちと直接関わることで、自分自身にも、子どもにも身につけていけるものだと思われる。

よく本やインターネットでは、「会話の技術」というように、
どのような話し方をすればいいのか、どんな言葉を使えばいいのかが書かれているものを多く見かける。

しかし、そのような技術的なことではないのだ。

対話の原点は、
「相手を認め、受け入れ、その上で自分の考えや想いを相手に伝える。」
ことだ。

小手先の技術で力がつくほど簡単であれば、日本人にはすでに備わており、
わざわざ教育改革の目玉として挙げてこない内容だろう。

対話の場は、会議や討論のように、真剣に話し合う場だ。
または、問題を解決に向かわせるための話し合いの場だ。

多くの人が陥りがちなのが、そこで「戦ってしまう」という状態になってしまう。
自分の意見を通すことに、固執してしまうのだ。

「自分の意見が通ったからやっぱり私の考えは正しかったんだ」と、証明する場ではないのだ。
それは対話ではない。

対話の基本は、
「あなたは間違っていて、私は正しい」ではない。
その逆もない。

ではその対話、何を心がければよいのだろうか。

まずは、あなたが相手の話をよく聞くという姿勢を持つ必要がある。
判断基準は「正しい」「間違っている」ではなく、
「そんな考えもあるんだ。」と、まずは受け入れる。

これは慣れていないと容易なことではない。
聞いているフリをしているうちは、対話にはならない。

もちろん、話がそれていたら修正していく必要はあるのだろう。
相手が思うことを、どんどん引き出してあげるのだ。
これは、決して相手の意見に従う、ということではない。

まずは「聞く」姿勢を身につけ、
その上で自分の考えも伝えていく。

そうしていくことで、お互いの考えを組み合わせ、新たなアイデアを生み出していく。
それが対話の正しい形なのではないだろうか。

対話は学校だけでなく、もちろん普段の生活でも要求される。
実際、私に、この対話の考えがなかった時、
常に家族への押し付けで、家庭内の雰囲気は悪くなる一方だった。
また学校でも、学級経営がうまくいくことはなかった。

しかし「相手を受け入れ、相手の話をよく聞く」というスタンスに変えた時、
大きく関係が変化してきたのだ。

話を聞き、その人の本当に伝えたいことを受け取る。
それがあなたにできた時、子どもたちに伝えていくのは難しいことではないと思う。

なぜなら、それはあなたが経験してきたからこそ、
その過程をどうしたらいいのかを知っているからこそ、
伝えることができるからだ。

5. 最後に


自分が出来ていないことを指導したり、伝えていくのは容易ではなく、また上手く伝わらない。
そこには必ず、無理が生じ、子どもに見透かされるのは時間の問題だ。
指摘されないだけで、子どもたちは気づいてるはずだ。

だから、まずはあなた自身が実践し、その力を身につけていこうという姿勢を持ってみてほしい。

やってみると、どうすれば身につけられるのか、その過程を知ることができる。
すると、その経験を子どもに語ることができる。
技術を教えるだけよりも、より効果があるのは間違いないだろう。

この教育改革は、もちろん子供の為を考えて改訂されている。
しかし、それを教える教師も変化を求められている。

普段の意識を変えてみてほしい。
まずはやってみて、試してみると、そこから何かつかめていくはずだ。
この機会にできているかどうか、自分を振り返ってみてほしい。

時間がなく、忙しい毎日だからこそ、
自分自身の言動に意識を向けるだけで、違った毎日が送れるようになる。

この教育改革はあなたにとっても、大変革のチャンスなのかもしれない。
自分自身を見つめ直すことが出来れば、
より楽しく、ワクワクするような毎日を送れるあなたに大変身する日も遠くないのではないだろう。

 

※ アクティブラーニングとは
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称
学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。
発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。                                                       「文部科学省 用語集より」

 


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執筆者情報

meg【元小学校教師】
小学校教員の経験をもとに、学校現場での悩みを持つ人に役立つことを伝える活動を行っている。